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最後にドレフュス事件での態度表明がはっきりしている人物がいる。ピサロである。ピサロの両親はユダヤ系のフランス人であり、両親が当時デンマーク領であったサン・ドニ島に移り住んで商売をはじめ、そこで生まれた。
したがって彼はユダヤ人に分類されることになる。これで結論は出たようなものである。彼は当然親ドレフュスであった。クイズの問題の答えは出たも同然である。
ただユダヤ人問題を多少とも絵描きの世界に限定して語ろうとしたこのシリーズである。ユダヤ人といってもいろいろであり、ひとくくりにすることは出来ない。ユダヤ人というと金貸しのイメージと結びつきやすい。ドレフュス事件は金融界を支配するユダヤ人からの反発が根底にあった。その犠牲者になったのが金融とは何の縁もない一般のユダヤ人である。
ドガが陰険そうな金融資本家をユダヤ人一般の性格として描いたとされる絵は前回紹介した。ところがユダヤ人であるピサロ自身が、ユダヤの金融資本に強く反発するユダヤ人なのである。ユダヤ人ピサロはユダヤの金融資本家を批判していると思われる戯画を描いている。
ピサロはユダヤ人ということで苦労した。ピサロは印象派の人達の最年長者であり、人柄は温厚で印象派のまとめ役の役割をはたし、仲間の信頼が厚かった。いままで仲が悪くはなかった「フランスの愛国者」ルノアールからは、フランスに帰属意識のないユダヤ人ということで嫌味をいわれた。ドガとは当然うまくいかない。
親ドレフュスは派の人達は、共和制を支持し、軍部やカトリック教会と対立する傾向があったことは確かである。ピサロはその共和制すらも否定するアナーキズムに近かった人とされる。『ルーブルを焼き討ちにせよ』といったのは諸説あるが、温厚なピサロの言葉といわれている。ルーブルががらくたを並べているから新しい芸術が生まれないのだという前衛芸術家のカフェでの気炎として知られている。
だが『前衛芸術家達』は自分の作品がルーブルに飾られることを内心願っているのである。サロンをののしりながら、内心サロンの入選を願っている画家である。ピサロは最後まで『前衛の大義』に殉じて、印象派のグループから脱落することなく、印象派展に出し続けた人物である。
上の絵はピサロの描いた農民の女である。彼の描く女を見れば、ルノアールとはまったく違うことは明らかである。ピサロは川で水浴びしている女を描いてはいない。
最終的にドレフュスの無罪が確定し、軍部とカトリック教会が後退し、共和制が勝利することになり、印象派も認められるようになった。世界からフランスの印象主義の絵画を学ぶ人達がやってきた。そして第一次大戦が勃発すると、それぞれ国に帰り、印象派運動も終焉をむかえることになる。
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ドレフェス事件の概略がよく理解できました。ありがとうございます。ピサロの絵伸びやかな明るい光景ですね。見直しました!
2006/9/15(金) 午前 1:51
3355さんお早うございます。コメント有り難うございます。ニュウヨークの大学の女性教官が書いた本を読んだ記憶をもとに書いたものです。反と親のところは間違っていません。ニューヨークはユダヤ系の人が多いですから、こんな話題を研究する人がいるのでしょう。彼女の基本的研究態度は社会と芸術との関係を論ずることで傑作か愚作かを論ずることではないのです。だから今では忘れられた作品も議論の対象にする人です。
2006/9/15(金) 午前 8:57 [ fminorop34 ]
こんにちは。僕はピサロが好きです。彼のマチエールと、褐色系の赤がとても好きです。
2006/9/30(土) 午後 1:27 [ - ]
私はピサロの人柄に惚れ込んでから彼の絵をじっくり見るようになりました。味がある絵描きさんですし、指導者としての役割もたいしたものです。いい絵を描いていますね。
2006/9/30(土) 午後 2:32 [ fminorop34 ]