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アメリカ共産党が党史を寄贈 II
箱にはそれぞれの歴史が詰まっている。ニューヨークの市立大学の学生から届いた1940年の投書もある。内容はパレスチナのユダヤ人をイギリスが裏切ったことを非難するものである。1964年のメトロポリタン評議会のチラシがある。内容は「250ドルを超えるアパートの家賃の統制撤廃に反対する」家賃不払い運動を呼びかけるものである。Pete Seeger の “Turn! Turn! Turn!”に寄せる抒情詩もある。W. E. B Du Bois の1939年の手紙もある。彼は日本の宣伝活動のために日本から金を受け取っていたことを否定している。アフリカ系アメリカ人に対する警察の野蛮な行為に対する詳細な抗議もある。
山のようにある活動家や党員の牢獄からの書簡にはレトリックに隠された人間性が表れている。「親愛なる妻リディア」と Minorは1930年のマンハッタンのユニオン・スクエアでの労働者集会で逮捕された後、鉛筆で書いている。「今日のたった半時間は私の全人生で一番短いものだった。そして、たとえようもなく甘い時間だった!」
党は革命的地下組織として出発したが、モスクアの指令で人民戦線に加わった1930年代の後半には躍進して、非常に人気があったと Maurice Isserman は述べている。彼はハミルトン大学の歴史学者であり、アメリカの共産主義に関する著作がある。彼によれば、同じ時期に共産党員でスパイ組織に入ったものもある。この組織は第二次世界大戦中非常に拡張し、ついには原子爆弾のチームワークにも入り込んでいた。
ソビエト路線に忠実であるにもかかわらず、党は冷戦時代の初期の時代には左翼や労働界に影響力を持っていた。しかしながら。1948年には党は三重のパンチを食らうことになる。進歩党が共産主義者を排除したこと。ソビエトに支援されたチェコスロバキアでの共産主義者のクーデター、これは多くの党員を幻滅させ、「赤狩り」が下部党員に打撃を与えた。1956年のスターリンの犯した犯罪の暴露で、党にとどまっていた多くの党員を幻滅させ、党には致命的な打撃となった。
アメリカ共産党は労働の歴史と進歩的政策の研究をしている Tamiment ライブラリーに一年前接触した。ナッシュ氏によれば、電話を受け取って彼はびっくりした「私はまだ残っているなんて信じられなかった」と述べた。
ナッシュ氏によれば、彼と学生のグループがマンハッタンのウェスト23番街の党の事務所を探し回った。土建業者がここを修理しに来る前に全員無我夢中で、文書を箱詰めした。ここは新たに賃貸される予定であった。寄贈は二万冊の本、雑誌とパンフレット類、The Daily Worker の写真が100万枚であった。
アメリカ共産党の全国委員長の Sam Webb によれば「我々は Tamiment がこのコレクションを維持し、広く利用してもらう方がよいと思った」彼によれば、寄贈する前に見直したことはほとんどなかったそうである。
一般が利用可能な党の文書の元は国会図書館である。国会図書館はソビエトのアーカイブにあるアメリカ共産党の記録(保管のために50年前にソビエトに送られた)のマイクロフィルムを収蔵している。国会図書館の歴史学者である John Earl Haynes はソビエトのファイルを調査した最初のアメリカ人である。彼によれば、ニューヨーク大学は国会図書館のコピーを保有しているので「Tamimentライブラリーは現在モスクワにあるものと新しいアメリカ共産党のコレクションの二つとも、アクセス可能になり誠にうらやましいことである」
国会図書館のコレクションは2000年に公開されたが、「アメリカ共産党は秘密組織であった」それに「古文書記録の不足はアメリカの共産主義運動の歴史の研究の障害になっていた」そのために「非常に論争的」になってきた。
今後とも「論争的」であろう。先週、The New Republic Web の論文で、アーカイブに全く無関係な歴史家Ronald Radosh は、一部 Tamimentライブラリーの支援で新たに設立された Center for the United States and the Cold War を非難した。春のイベントのカレンダーを見ながら「完全に一方的で党派的なイベントである」と非難した。金曜日の集会に招待された客は「例外なく、共産主義者かシンパである」
センターの副所長であるナッシュ氏は金曜日をパブリック・リレーションズの日とし、プログラムはあらゆる見解の人を呼んでいると述べた。
箱を開きながら、ナッシュ氏は、写真の入ったガラスのケースに移動した。エイブラハム・リンカーン旅団に所属してスペイン内戦で戦ったアメリカの士官の写真があった。隣の部屋には、この旅団の最後の生き残りである92才の Moe Fishman がいた。彼はたまたまこれとは関係のないドキュメンタリティの撮影のためにこの図書館に来ていた。彼は部隊のぼろぼろになった青旗を持っている。このモノクロ写真にいるかと尋ねたら、眼鏡をはめてのぞき込み「わしはここにはいない」といった。「わしは士官ではなかったのでね」さらに「家に同じ写真を持っているよ」といった。
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米国の映画などでマッカーシズム、いわゆる赤狩りという事実を知らされてはいたものの、つねづね、資本主義の象徴アメリカに共産党?と不思議な思いだったですが、これはすごい歴史的資料のようですね。生き長らえてはいないでしょうけど、逆に中国共産党の行く末も(わけの分からない変節、変転として)見届けたい気もします。何でもありの革命幻想の崩壊した中、グローバリズムに捨て置かれた民の救いの無さは如何、と思わないでもないです。
2007/3/21(水) 午前 10:54
今回たまたま目についたNYTの記事です。私はアメリカ共産党のメッセージなるものをかって新聞で目にしました。でも新聞社や警察にも注目される存在では無くなっていたのでしょう。私はジョー・ヒルという人物さえ知りませんでした。そんな私が訳そうと思ったのは、この分野の人々にとってはエジプト学者が盗掘を免れた王様の墓を掘り起こしたようなものであり、NYTの記事はたんにニューヨークの出来事ではない気がしたからです。それに私の愛読書であるスタインベックの「怒りの葡萄」に出てくる世俗説教師のケイシーを想い出しました。彼は労働者を組織してカリフォルニアの地主が雇った暴力団に虐殺されますが、この時代に「共産主義者」とか「赤」というのは単なる罵倒語ではなく、組織として実在したのですね。ただ私の訳はまずいし固有名詞のカタカナ表記にまったく自信がありません。少しずつ注釈でもつけて補いたいと思います。コメント有り難うございました。
2007/3/21(水) 午後 0:23 [ fminorop34 ]