ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

独詩和訳

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今日のドイツ語の詩はヘルダーリンの「僕が子供だったころ」である。19世紀初頭に頭角を現した詩人としては、少なくとも私には非常に難解な詩人である。今日たまたま見つけた詩は何とかなるのではないかと思った。

ヘルダーリンはキリスト教徒の過程に生まれ、当時の頭の良い子が選択する聖職者の道を放棄し、ギリシア古典の勉学に没頭した。それだけにとどまらず、彼は異教の神々を崇拝していた。今日は彼の伝記の記事を確認する意味で翻訳した。

Da ich ein Knabe war . . .

Da ich ein Knabe war,
Rettet' ein Gott mich oft
Vom Geschrei und der Ruthe der Menschen,
Da spielt' ich sicher und gut
Mit den Blumen des Hains,
Und die Lüftchen des Himmels
Spielten mit mir.

Und wie du das Herz
Der Pflanzen erfreust,
Wenn sie entgegen dir
Die zarten Arme streken,

So hast du mein Herz erfreut
Vater Helios! und, wie Endymion,
War ich dein Liebling,
Heilige Luna!

Oh all ihr treuen
Freundlichen Götter!
Daß ihr wüßtet,
Wie euch meine Seele geliebt!

Zwar damals rieff ich noch nicht
Euch mit Nahmen, auch ihr
Nanntet mich nie, wie die Menschen sich nennen
Als kennten sie sich.

Doch kannt' ich euch besser,
Als ich je die Menschen gekannt,
Ich verstand die Stille des Aethers
Der Menschen Worte verstand ich nie.

Mich erzog der Wohllaut
Des säuselnden Hains
Und lieben lernt' ich
Unter den Blumen.

Im Arme der Götter wuchs ich groß.

Friedrich Hölderlin



僕が子供だったころ

僕が子供だったころ
 ある神様が何度も救けてくれた
  お叱りやムチちからね
だから僕は安全に
野の花と仲良くし
空のそよ風は
僕と遊んでくれた。

植物が汝に優しく
手を広げれば
汝も植物を
幸せにするだろう。

父なるヘリオス、汝は
僕を幸せにし、聖なるルナよ
僕はエンデュミオン
汝の恋人だった。

ああ誠実にして
親愛なる神々よ!
わが心の神々への愛を
神々はご存知だ。

当時は神々を名前で
呼びはしなかったし
知人が名前で呼ばないように
神々も僕の名を呼ばなかった。

でも僕は人を知るよりも
神々をよく知り
エーテルの静けさを理解し
人の言葉を理解しなかった。

妙なる野原の囁きが
僕を育てたし
花のもとで
学ぶのを好んだ。

神々に抱かれて僕は成長した。

ヘルダーリン

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エーテルの静けさ、宇宙のことでしょうか。
ヘルダーリンは自然と会話をしているようです。
不思議な子だと思われていたかもしれませんね。

2007/7/9(月) 午後 6:06 curara

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ヘルダーリンについては今かじりかけたばかりです。古代ギリシャの哲学者が考えた出した想像上のエーテルという物質を私が理解していません。ただ直訳しました。たしかに「不思議な子」だったのでしょう。彼は、あう富豪の子供の家庭教師をしたのですが、その家の奥さんに憧れて、それが原因でか、職を失い、その奥さんが死亡した後に、完全に狂気の人となったということです。知っているのはこれだけです。私は何も知らないでも、読んでみたいという変な性格です。すみません。コメント有難うございました。

2007/7/9(月) 午後 9:25 [ fminorop34 ]

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はじめまして。
わたしはヘルダーリンの若い頃ヘーゲルたちとはしゃいでたあたりが結構好きです(笑)
合言葉は「ヘン・カイ・パン」(ギリシア語)にしようね、とかいってるあたり

まあヘルダーリンだけでなくこのころのドイツ人は
フランスのラテン語に対抗して
じゃ俺らギリシアで 的なノリがあったらしいですよ。

2007/7/11(水) 午前 6:50 NieDa

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帝国が成立すればみなローマ帝国を意識していたようです。ナポレオンは19世紀のローマ皇帝という一面を持っていました。それにフランス人からすればラテン語もそれほどのことはないでしょう。ドイツではそれに対する抵抗意識からかギリシャ様式の建築様式をという動きがあったという話は聞きました。英語を最初に習ってしまった人間にギリシャ語というのはゾッとします。それだけで尊敬してしまいます。すみません的外れになりました。

2007/7/11(水) 午前 10:47 [ fminorop34 ]


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