ヘ短調作品34

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93.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

〔ライプツィッヒ〕フンボルト・シュトラーセ、

1881年10月28―29日

  わたしは家のほこりとライプツィッヒの煤で窒息しそうでしたので、ウィーンでのあなたの親切にずっと長い間感謝していました。わたしたちが運び出した宝 物、絶え間なくわたしたちを呼び起こした感謝の念、あの素晴らしいお住まいに個人的な関心を持つようになった今、「カールス・シュトラーセ4」と書き始めたときのわたしの気持ち。この気持ちはわたしが述べるよりも、あなたのほうがよく理解できるものと思います。とりわけご記憶いただきたいのは、わたしたちが(あなた同様)冗談で言ったとき、何も言わなかったとき、――たとえば 「ネーニー」(1) に ついて――それ以上の意味はないということです。大きな印象を受けたとき、その感動を雄弁に表現できる人をわたしは羨みます。たしかに、わたしも感動しま す。しかし、犬ですらより雄弁です。なぜなら、犬は月に向かって吠えます。この例を選んだのは、この場合の熱狂のしるしを考えて、わたしの主張を支持する ためです。しかし、口惜しい非難がかならず続くものです。何か批判する事があるやいなや、人はなんと雄弁になるのでしょう。意識的なあら探しの場合には、 まことに巧みな表現が選択されます。でも、本当に楽しい瞬間に、その感情を表す、理解しやすい正しい言葉を探しても、見つからないものです。生来の雄弁家 にしてから、話とはなんとお粗末なものでしょう。わたしたちが持ち合わせる表現はあまりにわずかで、最善、最高に繰り返しなされたものすべてを記述できな いのではないでしょうか。にもかかわらず、個人の特徴を区別する言葉がとってあります。たとえば自分の夫にたいするdu と友人にたいするdu を区別したいものです。しかし、わたしたちは自分の持ち合わせを最も有効に活用しなければなりません。ところがわたしたちが言わなければいけない人が――たとえばあなた――すぐに話が分かってくれる場合はありがたいものです。

 今週は催し物が多い一週間ですが、まだ終わっておりません。ゲバントハウス・コンサートのプログラムはヒラーのデメトリウス(2)、リストのタッソー(3)、そしてわれらのユリウス(4)、彼は完全に信用失墜した二人の予言者にまじってただ一人の世俗の人です。ヒラー(5)が不可視的世界に今後とも訪問するならば、(最近の彼の面白い論文について聞いておられますか。シューマンとメンデルスゾーンは彼には都合の悪い真実を述べています)あ の世にいるデメトリウスのためになるお話を拝聴すべきです。どちらがより悪いかは決めかねます。ヒラーの上品な愚作とリストの下品な愚作。どっちもひどく 疲れます。ユリウス・レントゲンは彼のピアノ協奏曲で、優雅で調和のとれた、新鮮かつ音楽性豊かな対照的音楽を立証しました。あなたはこの作品の名付け親 であることは明白です。彼は自分一人の創作だなどと法螺を吹く気は毛頭ないのです。わたしたちはみな自分の収入だけでは生活していけません。ほとんどの人 はどこかからお金を借りているのです。でも行いの正しい人から借りた場合には、とくに、今回の演奏のように、全曲に真性の音楽家、若い善良な男の鼓動が感じられる場合には、聴いていて気持ちの良いものです。それが借用されたものであれ、温かく、尽きることのない感情の流れを見いだすのは、喜ばしいことです し、聴衆も同意見でした。しかし批評家は物知り顔で、完全に無視した態度で、偉そうにオリジナリティーの欠如を長々としゃべり立てます。「ブラームスから 破門」という判決が彼らに下さるべきです…母親はたしかに妬まれるものです。たとえ子を亡くした母親でもそうです。あなたは埋葬曲を献呈しました。

 この曲はわたしたちが持っているもので一番素晴らしく、愛おしいものです。――部分的にしか持っていませんから――アブラハム(6)に、あなたであればさらに良いのですが、急いでいただきたいのです。そうすれば、わたしたちは再び繰り返し聴けます。レントゲン夫妻はこの曲と今度のコンチェルト(7)について「言って」と頼みますが、わたしはエーレルト(8)で はないですから、口で言えばどうしても味気ないものになります。聴くのが一番なのです。さてそこで、お願いがあります。ぜひ、ぜひ、ぜひ練習用に、オーケ ストラのパーツのピアノ・スコアを送ってください。あなたがわたしと演奏するときの厄介が省けます。そうしてくださると信じています。あなたは敬虔で善良 な方です。ブリュル(9)があなたと弾いたことを知っています(居合わせた人は幸運)。それは今ではそこに遊んでいるのでしょう。その場合にはここにおいた方が安全です。唯一危険なのは熱意のあまりに引き裂いてしまうことです。いつ、いつ来られるのですか。もう決まりましたか。どれくらい泊まられます。「ネーニー」の 演奏もありますか。トマス合唱団だけでは荷が重すぎます。ゲバントハウス合唱団が要ります。わたしたちは、これは新年のコンサートに向いていると考えています。この時期、トマス合唱団は礼拝で忙しいですから、役に立つ増援部隊になるでしょう。噂では、あなたが一週間か十日で当地を訪問されるそうですが、わ たしたちには何の情報もありません。

 ここでは多くの人が、あなたがビューロー(10)に寛大すぎるとこぼしています。彼は最初の機会をとらえて、ゲバントハウスを罵倒したものですから、ここではおそろしく不人気です。そのためオーケストラは彼の指揮で再度演奏する事を拒否しました。

 ハインリッヒからの伝言です。わたしたち夫婦が古き良き茶色のコートにどんなに会いたがっているかを知っていただきたいのです。ちょうど昨日(説明しますと、リストのクリストスはこの手紙を書き始めてから終わるまでに届きました)わたしたちは、「本当。並べて見るとずいぶんと違うね。今日は『レクイエム』で、明日は『クリストス(Christus)』(11)か。一体誰が指揮するのだろう」と言っていました。この生物はどこに分類したらいいのでしょうか。この曲には嫌悪感を催します。「音も立てずに忘却の中に沈む(klanglos wird sie hinabsinken)」(12)ことでしょう。

 さようなら、さようなら、大いなる善の贈与者様。お会いできるのを楽しみにしています。

忠実なあなたのヘルツォーゲンベルゲより



(1) ブラームスの合唱と管弦楽のための「ネーニー」作品82は、美術家フォイエルバッハを偲んで、彼が死んだ1880年から開始された。ブラームスは夏の間に完成し、ウィーンでヘルツォーゲンベルク夫妻に演奏している。

(2) フェルディナント・ヒラー(1811-1885)、ピアニスト、作曲家、音楽評論家。

(3)管弦楽のための交響詩。

(4) ユリウス・レントゲン。

(5) ヒラーは Deutsche Rundschau に Besuche im Jenseits と題する一連の論文を発表している。これを彼の「回想録(Erinnerungsblätter 1884)」に盛り込んでいる。

(6) ブラームスは「ネーニー」を芸術家の母フラウ・ヘンリエット・フォイエルバッハに献呈している。

(7) マックス・アブラハム博士、当時ペータース社の社長。

(8) ブラームスは二つの作品をウィーンでヘルツォーゲンベルク夫妻に演奏している。

(9) 書簡72.

(10) イグナツ・ブリュル(1846−)、作曲家でピアニスト。ブラームスは彼のすばやい理解力と音楽的で巧みな演奏を高く評価し、大規模な作品をウィーンの親友に紹介するときには彼の助けを要請した。

(11) 書簡95の注。

(12) オラトリオ

(13) 「ネーニー」からの引用。

バレンボイムとチェリビダッケによるブラームスのピアノ協奏曲第二番第三楽章後半と第四楽章前半である。



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