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110.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ 〔イシュル、1882年5月15日〕 お待たせしました。それに私の心からのあいさつ(1)をお届けします。この名前はいずれ表紙でお見かけすることになるのでしょうが、それまでどうやって憶えていたらいいのでしょうか。 今私はイシュルにいますが、おそろしい天気です。――ぞっとします。たえまなく雨(または雪)が降ります。草は黒く、空すら真っ黒です(Schwarz ist das Kraut und der Himmel nur ist! )(2)。この部屋にはストーブがあります(火もついています)。他の部屋にもう一つ置かなくていけません。 これがイシュル――5月15日です。 「乳のように白い若者」(3)は すべて順調にいっています。すなわち、あなたのご希望どおりです。歌曲集を今見ていただきたいが、結局フランクフルトでなく、ハレに行くことになります。 そのつぎは。もちろんベルヒテスガーデンではないでしょうね。私に近すぎますからね。バイロイトはどうですか。パルシファル(4)が上演されることは知っていますが、私はいずれにしても今年の冬にはいろんな所でこの計画をもくろむことになります。 51 ザルツブルグ・シュトラーセ(4)。この宛先を何枚か封筒に書いておいてください。そしてお手紙を下さい。 誠実なるあなたのJ.Br.より (1) ミス・エセル・スマイスに約束した自筆原稿に付いてきた手紙。これを頼んだフラウ・ヘルツォーゲンベルクの手紙は紛失している。 (2) 歌曲 ??ber die Heide 作品86第4曲の引用。最後の部分は und der Himmel so leer である。 (3) 書簡109、110。 (4) ワーグナーの「パルシファル」は1882年6月に初演された。この作品は周知のようにバイロイトのみで演奏される。ブラームスは一度もバイロイトに行っていないことを悔やんでいた。1882年 の夏、ブラームスはビューローに書き送っている。「私がバイロイトにかんして決断できないから、私は『はい』と言えないのです。ワーグナー派の連中が怖く て、連中がワーグナーの最上の作品を楽しませないと言う必要はないのです。どうしたものでしょう。髭を利用して、うまく歩き回って、見つからないようにしましょうか。」 (5) 1880年と1882年、1889年から1896年までのブラームスのイシュルの夏の家(ヴィクトール・フォン・ミラーの Brahmsbilderbuch 98と101ページ)。 写真はブラームスの好んだバード・イシュルである。 |

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