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111.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ 〔ライプツィッヒ〕1882年5月18日 親愛なる友へ 早々のご返事ありがとうございました。わたくし請願者とご愛顧を賜りましたエセル・スマイスはあなた様のご親切に大変感銘を受けました。でもどこで紹介の手紙を書く素晴らしい体験をされましたか。この優雅さと出来映え。――あなたはフランスの男性ですよ…いつもの自我の叫び(1)。 でも、わたしがハレ(またイェナと思うでしょう)に行くと思い込まないでください。わたしは釈放され、フランクフルトに行くと言いましたでしょう。その後は、つぎからつぎへと果たさなければならない義理があります。ボヘミアのハインリッヒの親戚訪問とグラーツで病気のW.の家の訪問。それから山の片隅、たぶんケルンテンか、近いのでティロルで短期間休養します。ペルチャッハに宿泊されるならば訪問させていただきます。でもイシュルとなると。――倹約から夏の計画は駄目になるかもしれません。 聖霊降臨節まではここで連絡は取れます。歌曲集でわたしたちをからかわないでください。もしし続けると、いつまでも「黒々とした木々」と「さらに黒くなった空」が続くように祈りますよ。 エセルからよろしくとのことです。ご存じでしょうか。彼女は今年の冬にはフィレンツェで独り立ちして仕事を始めます。そちらで彼女とお会いするかもしれませんね。彼女はフーガの本場で非の打ち所のないフーガを完成させるのが念願です。わたしは彼女がどこまで成功するか非常に興味があります。利点はブラームスを聴く機会があまりないことです。 ではさようなら。美しい作品を数多く生み出すであろう、居心地の良い冬営地から、わたしたちを感銘させるものを創ってください。 エリーザベト・ヘルツォーゲンベルクより (1)ブラームスがエセル・スマイスの名前を記憶する前に彼女の名前が表紙に載るといったことで、フラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルクはこれを将来性ある作曲家の出版者への推薦と解釈した。
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