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116.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ 〔イシュル、1882年8月8日〕 親愛なる友へ すぐに返事を書く義務があるのはまったく不運です。できないからです。いずれあなたのお手紙に感謝したいと思います。実のところ、新作に純粋の承認の言葉 を頂くのは嬉しいし必要なことです。私はあなたと第三楽章に目を通してくださったあなたのハインツに丁重に感謝します。とすると、私は意識的に彼の真似を しただけではなく、無意識に真似したことになりますね(1)。では、あの神学者(2)を追い払わないでおきましょうか。ここには新しい作品すべてがおいてあります。それで私に何が得られたというのでしょう。この雅歌がそうです。付言すれば、わたしはこれを充分楽しみましたし、コーラスが歌い、メロディーの流れに歓呼しているのを想像しながら聞きました。しかし、この雅歌を非異教的に解釈することは私にとって苦痛です。私は実際異教的な作品を完成させました。これに満足していますし、私の音楽をいつもより良くしたと思っています。
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しかし手紙ではないですから、充分書いたつもりです。ところで、お楽しみがありますよ。あなた方はなりたての花婿殿(3)にお会いできます。あなたのもっとも誠実なるJ.Br.より 私はインニヘン(インニゲン?) について不明です。谷の向こう側にある村のアンペツォ・バレーの入り口にあるのですか。 (1) ブラームスは「おお美しき夜」でしでかしたことを暗に言っている。 (2) ブラームスは神学上の知識に自信を持っており、いかなる神学者とも渡りあえた。彼は聖書に「無神論的」テキストを発見しては喜んでいた。何よりも彼を怒らせたのは、宗教的作品を書いたことで、彼が正統派の教会音楽の作曲家とみなされることであった。彼の「四つの厳粛な歌」(書簡275と書簡277)だけが抗議ではなかった。 (3) これはビューローが7月にマリー・シャンツェル(Marie Schanzer) と結婚したことを述べている。
訳者註 |

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