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今日のドイツの詩はヘッセの「日本の渓谷の古き仏像」である。とくにヘッセは「シッダルータ」の著者であるが、読んでもいない私がはたして今日の詩を理解できるのだろうか。 ヘッセは日本の渓谷にある朽ち果てた仏像を見て、仏像自らが「万物の無常」を体現していることを歌った詩であるというのが私の思い込みである。この詩は語学的に今までのヘッセの詩で難解であった。責任は私にあるが、ひとまず投稿することにした。 Uralte Buddha-Figur in einer japanischen Waldschlucht verwitternd Gesänftigt und gemagert, vieler Regen Und vieler Fröste Opfer, grün von Moosen Gehn deine milden Wangen, deine großen Gesenkten Lider still dem Ziel entgegen, Dem willigen Zerfalle, dem Entwerden Im All, im ungestaltet Grenzenlosen. Noch kündet die zerrinnende Gebärde Vom Adel deiner königlichen Sendung Und sucht doch schon in Feuchte, Schlamm und Erde, Der Formen ledig, ihres Sinns Vollendung, Wird morgen Wurzel sein und Laubes Säuseln, Wird Wasser sein, zu spiegeln Himmels Reinheit, Wird sich zu Efeu, Algen, Farnen kräuseln, — Bild allen Wandels in der ewigen Einheit. Hesse 日本の渓谷の古き仏像 細く穏やかになり、いく度かの雨と いく度かの霜のせいで、苔むした 汝の穏やかなる頬、汝の大きな 俯いた瞼は、汝の目指す宇宙での 自発的崩壊、消滅へと向かい 形なき無限に向かっている。 だが崩れつつあるその仕草は 高貴なる王者の使命を告げ すでに湿気と泥と土の中で 形における汝の思想の成就に向かい 朝には樹の根となり、葉のざわめきとなり 水となり、天の清澄を写し ツタ、藻、シダになり ― 万物の無常と永劫の統一の形象となる。 ヘッセ
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



真新しい<もの>より崩れゆく<もの>に、むしろ何事かを感じる。これは限りあるヒトゆえなのでしょう。その崩れゆくのが成就である(またなにごとかの始まりである=永劫)・・・。気になりWIKIを覗いたところヘッセ1877、物質、因果(認識)観(不確定性)を一変させたといわれる量子力学のシュレディンガーは1887、ハイゼンベルクは1901年。ともに東洋哲学(とりわけインド)に大きな思想的影響を受けたそうです。そうした時代的附合を感じた詩でした。
2007/9/29(土) 午後 0:07
コメント有難うございました。そんな高尚なバックグラウンドを持ち合わせない私には大変でした。たしかに画期的な功績を残した人物は、対極的な方法論とか哲学にヒラメクようですね。私もウィキペディアを参照しました。「緑の森」さんのコメント、なるほどと思いました。
それよりも今気になっているのは Entwerden という私の「大」辞典にはない言葉です。仏教学でなくても哲学を勉強された人なら誰でも知っている言葉なのか?
2007/9/29(土) 午後 0:28 [ fminorop34 ]