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148.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ライプツィヒ] ツァイツェル・シュトラーセ 24 1884年12月29日 親愛なるクリスマス小父さんへ わたしたちがあなたの突然の来訪でこんなに喜ぶとは思わなかったでしょう。わたしたちは口数が少なくて、感情を美しい言葉で示すことができないのですが、 わたしたちの心からの温かい歓迎がちゃんとわかってくださったと思います。この時もそうですが、何か良いことが欲しいときには、あなたの訪問こそが起こってほしい最大のことなのです。家中が混乱し、予備の部屋はクリスマスの品々でつまって、ブラームスさんが入る余地がなく、あなたは最初の夜、寝心地の悪いソファで過ごさねばなりませんでした。この時の天使のような忍耐に特別の感謝の言葉をつけくわえさせていただきます。良い行いとともに、あなたが何と素敵な人であり、どんなにわたしたちに好感を持っていてくれるか。すべてを証明して下さいました。クリスマスの美しき日々もあなたとともに去りました。いつもの仕事が始まりました。うんざりするようなロシアの夕べがありました。流血こそありませんでしたが、関心がないときにはいつもそうですが、不愉快な後味だけが残りました。わたしは昨日、ブロドスキー夫妻を訪問して、あなたがここに滞在していたことを話しますと、「じゃあ本当でしたか」と彼らは叫びました。ノヴァチェク(1)がツァイツェル・シュトラーセで「彼を」見たが、あいにく反対側の歩道にいたものだからと嘆いていました。そこでブロドスキーは飛んでいって、ノヴァチェクの代わりにそこにおればと思ったそうです。「馬鹿ほどついている」と言っていました。あなたの献身的な崇拝者の落胆を見て、あなたに会わせる機会をあげられなくて、つくづく申し訳ないと思いました。ここで結論です。次回は多くの友人に会わずにこんなに急いで出て行くことを許しません。この冬にはラインを上り下りしてコンサートに出かけるはずですから、もう一度わたしたちを喜ばせてください。わたしは前回よりも楽しい時間をお約束しますし、あなたのマルサラ(2)をあんなお粗末なグラスで飲ませたりはしません。それにブラームス・ワインもいっぱい残っています。 わたしたちは今週ついにアルトとビオラのための歌曲をやってみました。この音楽の都に演奏者は恥ずかしいほどが少ないのです。 先日忘れていたことがあります。グラーツのビショッフ教授(3)が 長年、あなたの自筆原稿を、切れ端で良いからとせがんでいました。わたしは秘蔵の標本を出し渋りますので、彼にあげることはありません。どうかこの気の毒 な方を気にとめてください。彼は真正の音楽愛好家で怪しげなディレッタントのタイプではありません。おそらく、わたしのずうずうしい要求のクリスマス・プ レゼント(歌曲?) と一緒に、何か送ってくださいますわね。あなたはわたしたちの慈善家なのですから、多少のことはどうということはないはずです。わたしたちはもう謙譲を捨てました。いつまでもあなたの債務者でありつづけますので、よろしくお願いします。 債務者より (1) オットカール・ノヴァチェク(Ottokar Novacek, 1866−)、バイオリニストで作曲家。 (2) 彼はシシリー島の想い出のあるこのワインを非常に好んだ。 (3) フェルディナント・ビショッフ(Ferdinad Bischof)。ヘルツォーゲンベルクは「四つの歌、作品40」を彼に捧げている。 (4) アントン・ブルックナー(Anton Bruckner, 1827−1896)、オーストリアで非常に尊敬された作曲家。彼の作品は論争を呼び起こした。ニキシュはオペラ・ハウスの「特別」コンサートで、ブルックナーの第七交響曲とリストの「前奏曲」とワーグナーの「神々の黄昏」の抜粋を指揮した。 ブラームスが愛飲したマルサラとはシシリー島のワインである。 |

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