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今日のドイツ語の詩は久しぶりにウィーンで活躍したホフマンシュタールの詩「旅の歌」である。この詩の素性が全く分からないし、訳もこれでよいのかどうか。またこれに対応する絵にも困った。今日の絵は19世紀前半に活躍したイギリスのロマン派の風景画家ジョン・マーティン(John Martin)に登場願った。 REISELIED Wasser stürzt, uns zu verschlingen, Rollt der Fels, uns zu erschlagen, Kommen schon auf starken Schwingen Vögel her, uns fortzutragen. Aber unten liegt ein Land, Früchte spiegelnd ohne Ende In den alterslosen Seen. Marmorstirn und Brunnenrand Steigt aus blumigem Gelände, Und die leichten Winde wehn. Hofmannsthal 旅の歌 激流我らを呑まんとし 落石我らを殺さんとし 時に我らを運ばんとし 強き翼の鳥が飛来す。 されど眼下に見る地の 無限の果実を写したる 淡海の永久に瑞々しき。 大理石像と井戸の縁が 立ち昇る花咲き誇る地 軽やかに微風吹き渡る。 ホフマンシュタール
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ホフマンシュタール
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




最初の荒々しさ、それが最終行の「軽やかに微風吹き渡る。」で現世が歌い上げられる。その微風は<生>の頬を心地よく撫ぜる。短いながらよく沁み通る詩です。WIKIをのぞくと、この画家ジョン・マーティンはターナー、コンスタブルなどと同時代なのを知りました。やはり<光>ですね。
2007/10/8(月) 午前 11:37
実はマーチンの絵を以前から掲載したかったのです。ホフマンシュタールの詩を偶然見付けて飛びつきました。
マーチンは好きでしたが、ターナー、コンスタブルと同時代人とは知りませんでした。彼は風景を通してロマンチックな心情を表現する文学的なタイプでしたので、写実的な画家ターナーやコンスターブルより年長だと思っていました。王権が余り強くなく、貴族が首都ロンドンよりも領地に住みたがるという英国独特の文化で、英国の風景画の隆盛を美術史家は説明していますが。
2007/10/8(月) 午後 0:23 [ fminorop34 ]
マーチンはイギリスのローカルで美術史では孤立した画家と思っていました。一度「緑の森」さんが指摘された<光>の観点から見直してみたいです。
光の画家ターナーが普仏戦争で英国に逃亡したモネ、ピサロに影響を与えたことはよく言われますが、マーティンも風景画の地位を高めたという以上にフランス印象派と繋がっているかもしれません。コメント有難うございました。
2007/10/8(月) 午後 0:41 [ fminorop34 ]