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161.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ リーゼライ、1885年6月3日 ケーニヒゼー 親愛なる友へ あなたの手紙は嬉しい慰めになりました。あなたが暫定的判断を真面目に取り上げないので助かりました。それであなたはわたしの判断に寛大になるでしょうか ら。それでも申し上げますが、歌曲の場合は小さくて、一瞥して理解できる規模ですから、もちろん、オーケストラや室内楽の場合でもそうしますが、暫定的判断についてそのように語るのは正しいとは思えません。わたしは作曲家の手法を充分に知り尽くしているものとします。たとえば、これらの曲を知っています し、未来も同様です。わたしの意見は今から一年は変わらないと思います。同様に、今度着いた曲を何度も見直してお気に入りの曲を選び出すことができまし た。 さらに、あなたの判断はわたしの見解と一致したと言われています。さて、わたしは「柳の歌」(1)についてふれるのを忘れていました。でも記憶していると思います。こんな風ではありませんでしたか。 {楽譜挿入} 同じメロディーでリトルネルがあり、ビートの後八分音符の低音がありませんでしたか。 {楽譜挿入} はい記憶していました。はいこれでした。なぜか歌自体の虜にはなりませんでした。ブラームスの他の曲を知らなければ、とっても好きなのですが。知っていますので、贅沢になれてしまったのです。ほとんど同じ様なことを、もっと巧みな表現で、黄金のはかりで重みがあったのですが、あなたが以前に言われたような気がします(2)。わたしを魅了した他の歌曲は初めての詩であったことを感じました。この種の感情は本来美しく立派なものにたいする理解力をも損なうものです。たとえば、最近出版されたサッホー(3) (たしかに美しいと思います)に もいわれなき偏見を持っています。わたしが思うに、同じ素材を使って、感情の微妙なあやまでもより壮大により素朴に表現されました。わたしの以前の神々に 誓って、わたしはそれから気をそらしはしませんが、あなたの下さった最善の曲にさらに大いなる情熱で向かってしまうのです。 これに加えて、わたしは「柳の歌」が音楽的とは思いません。伴奏がこのメロディーの調子に従うのは好きではありません。それは必ず歌手を困らせます。 ジュディス(4)には一体何がなされたのでしょう。誇り高き貴婦人の衣装に裳裾を付けられなかったのかと思います。最後の韻文を変えることに原則的に反対なのですか(5)。急に貧弱になっているのが痛ましいのです。どうか考えてみてください。 イ短調の歌曲(6)は最後の「希望なく(trostlos)」とともに、いつまでもわたしに取り付いています。わたしをベッドにまで追いかけ、いったん始めると壮麗な最後まで歌い通さないと気がすみません。 わたしたちは小さい家でとっても幸せに過ごしています。クロウタドリ {楽譜挿入}(7) それとフィンチの声をずっと聞いていて、嬉しくなります。大雨の後で空は青く、太陽の光がさしはじめました。自分のことしか考えず、人生を深刻に考えたり、 禍を予想したりしなかったら、わたしたちはどんなにか幸せでしょう。さようなら。もう一度感謝します。感じたことを自由にお手紙できることが、わたしには 大変重要であることを知ってください。ハインリッヒから心からのあいさつを。そして彼は言うのですが、非常に親切であったからには、わたしたちがのぼせ上がることを恐れずに、四重奏曲でも交響曲でも何であろうとも、(リンブルガーをご覧なさい)「作品」が公共の財産になる前に送ってくださいと。 リーゼライ(8)にはいつお出ましになりますか。 (1) 「柳の歌(Weidenlied)、作品97第4曲」。旋律は正しく引用されているが、リトルネッロの和音は正しくない。ブラームスは第3小節で、イ音の属七を使っており、嬰イ音の減七を使っていない。 (2) Max Kalbeck:Johannes Brahms I の160以降。 (3) 「サッホー頌歌(Sapphische Ode)」、作品94第4曲。 (4) 作品97第3曲。所管158の注記。 (5) ブラームスは別に反対ではない。彼はしばしば自由に歌詞を変えている。 (6)「航海」。 (7) フラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルクは「夜鶯」と「さすらい人」の動機を夜鶯ではなく、クロウタドリの鳴き声に結びつけているのは正しい。 (8) ヘルツォーゲンベルクがベルヒテスガーデンに建てた家の名前。 訳注 リーゼライは Liseley のカタカナ表記である。ハインリッヒが愛妻エリーザベトの愛称リーゼルにちなんだものと思われる。
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