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164.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ミュルツツシュラーク、1885年8月29日] 親愛なる友へ 私は次々にお宅を訪問する機会を逃しているようです。道連れが一人もいない列車が何となく気乗りがしないせいか、近隣の訪問する義理のある知り合いが多いせいでしょうか。まだそちらにいますか。今は二人だけですか。私の一曲中のほんの一曲(1)を思い切って送ってよいでしょうか。それを見る時間がありますか。感想を述べて頂けますか。問題はこの曲は私にはよくできていて、さらに直す所がないのです。しかし、この部分では、チェリーは決して食べ頃ではありません(2)。味が悪ければぜひおっしゃってください。急いで悪いNo.4を書きたくはありません。 それで思い出したが、いつ「一番」が見られますか。コンサートの指揮者みたいに、弁解を待たなければならないのですか。 アストール(3)はまだですか。私は長い間まさにこの「一番」を詳しく見るのを楽しみにしてきたのに。――では失礼します。 あなたのJ.Br.より (1) 交響曲第四番の第一楽章。 (2) ブラームスは彼の新作の交響曲の苦味をビューローに警告する必要があると考えていた。このことについて書いている。「私は今回作曲していて、君と一緒にくつろいでリハーサルできることを夢見ていた。――この夢はいまだに持ち続けているけれど、他にはだれも聴衆がいないのではないかとも思うよ。この気候に影響されたのではないだろうか。ここではチェリーが熟することはないのでね。うっかり食べてはいけません」 (3) ヘルツォーゲンベルクの出版者。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



