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171.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1885年10月10日] 親愛なるともへ あなたは今、感謝というものがまだ地球上から消えてはいなかったと言われることと思います。少なくとも、この編曲(1)を送る以上に良い証明方法を知りません。あなたは好きなように風景を――煙で曇ったガラスから――眺めることができます。あなたの批判をかなり修正する機会があるはずです。 スケルツォはティンパニーが3つとトライアングルとピッコロでかなり騒がしいです。 あなたがフィナーレまで(2)我慢して座っていられるかどうかをお訊きしたいのです。 私はもう一部同封しましたが、一台のピアノにお二人が座り、演奏されることを意図しています。 明日マイニンゲンに行きます。ブロドスキーが私の協奏曲も演奏することもありえます。 そちらに手紙を早く下さい。――懇願します。 この後あなた方以外の人たちを煩わすかどうかは疑問です。ビューローはきっと11月3日にフランクフルトで直ちにこの曲で始めたいようです。ここでも危険を承知で(3)演奏を告知しました。 そして再度あなたの大変親切な手紙を感謝の意を表明します。これは私には必須のものです。私は自分作品に関してはあなたが想像するよりはるかに謙虚です(4)。 もっと書きたい――ほかの話題で――ですが、時間がありません。それに、紙の上ではなく快適なおしゃべりがずっと好きです。私はきっとこの冬にベルリンでお会いします。――ご主人にはよろしく。 あなたのJ.Br.より (1) ブラームスは交響曲を2台のピアノのために編曲した。 (2) この楽章は、8小節の主題の30通りの変奏という、厳格なパッサカリアの形式に従っている。ブラームスはもとより、この楽章を見せられた人は最終楽章としては単調すぎるのではと思った。 (3) リヒター博士はウィーン・フィルハーモニーが新作として演奏することを予告した。 (4) 私的なリハーサルの後に、この新しい近づき難い交響曲が親友たちから受けた生ぬるい評価に、ブラームスの気分は沈みこみ、マイニンゲンでのリハーサルが評価されなかった場合には、延期する覚悟であった。
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