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173.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ベルリン W、1885年10月26日 親愛なる友へ わたしがドレスデン――当分こちらを留守にするフィレンツェの人たち(1)と別れを惜しんで来ました――から昨日戻ってきましたら、大歓迎のあなたの小包(2)が 待っていました。ハインツは嬉しい小包がとってあるよといいましたが、何かは言いませんでした。今日まで待てなかったものですから、寝る前に彼がピアノ編 曲を見せてくれたときのわたしの喜びを想像してください。「ブラームスさんに感謝の手紙を書きましたか」とたずねると、彼は「いや、だって君が日曜日に 帰ってくることになっていたから」と言いました。これが事実です。わたしはそこに泊まって、いたいけな幼子たち(3)を助けなければなりませんでした。あなたが幸せにしたヘルツォーゲンベルク家からの感謝を受けるにはさらに一日かかります。 ハインリッヒはあなたの原稿に夢中になっていまして、フィナーレの素晴らしい説明をしてくれましらが、わたしが見たものとはまったく違うものであることを 納得しました。彼は今朝すぐに教室に行かなければなりませんので、わたしたちは夕食の後ピアノに向かい一つの楽器で好意と一致した目的でなせることを確か めます。あいにく、ぼろのピアノを Bachverein に置いてきましたので、新しいピアノが入るまで一日か二日かかります。最悪の場合でもわたしは、モーツァルトがバッハのカンタータでしたみたいに、床に座って二つのパートを憶えることができます(4)。 耳が赤くなるというおとぎ話が本当なら、二人のヘルツォーゲンベルクがあなたの賛美を歌って感謝の気持ちを表したとき、あなたの耳はずいぶん赤くなったこ とでしょう。あなたの友情の証を知り嬉しかったのです。あなたはわたしにはこれ以上のものはないと思われたことは明らかです。でもいつオーケストラで聴く ことになるのでしょう。 差し支えなければお願いしたいのですが、それをヨアヒムに送っていただけませんか。なんといっても彼のあなたへの傾倒は誰にもひけをとりませし、中途半端 でも柔弱なものでもありません。最近は原則になってきた趣味の多様性ではなく、芸術的な信念と趣味を持った数少ない一人です。B__にはあいにく新作が赤 い布が牛を惹きつけるみたいに魅力的なようです。どの方向から風が吹こうが彼には関係ありません。ブラームスだろうが、ブルックナー、ドボルザーク、チャ イコフスキーなんでも良いのです。わたしがよく言いますけど、つぎに最悪のもので満足したら、せっかく最善のもので高められても何になるのでしょうか。し かしこの考えは時代遅れです。わたしたちの信念は成熟した、強い信仰心に基づいていますが、「偏狭かつ頑迷」として片付けられます。一方では、声をかけた 後の哀れみによる微笑みは「われわれは広い視野を持っている」を意味することになります。これは非常に腹の立つものです。 でもわたしは、この「広さ」(皮相的に臆病と混同して解釈さています)の痕跡をヨアヒムには見出せません。わたしはヨアヒムを真のブラームス愛好者に数えています。みじんも知性を持ち合わせなくて、情けないほど多くの連中が流行というだけでそれに従いますが、これとは違います。あのワーグナー屋(5)があなたを支持するようになってから、その数は増えたことはご存じでしょう。 わたしはB.の例のコンチェルトの弾き方をどう思われるか関心があります。彼の芸当、彼の誇張されたトレモロとグリッサンド 、哀愁的効果を出すために惜しげもなく使う方法はかなりはっきりしています。 これがなければ、彼のような真の才能のある音楽家の演奏を楽しめるはずですが、これでは台無しです。彼はライプツィッヒでは以前から崇拝されてきました。 ベルンスドルフ以外に警告する人はいないのですが、彼の叱責はいっそう罪人の立場を良くするみたいです。あなたが彼に優しく注意してくださればと思いま す。彼はその成果が分かる人です。 ここで止めなくては。あなたにはマイニンゲンで手紙を読む時間がありませんものね。わたしはそんな美しく真面目に実行されるリハーサルを聴きにぜひそちらに行きたいものです。テーマを全音符で聴く、それにハ音と変イ音の戯れ(6)を聴くためなら何でも犠牲にできるのですが。 最初にそれを、第一楽章を聴いた印象はいかがでした。すべてがうまく行きましたか。――第一主題が木管の八分音符の伴奏で戻ってくるところ(7)、それに嬰ト短調(展開部の) (8)の切分された楽節はどうでした。ねえどうか教えてください。多様な間奏が読んだときのように聞いても判りましたか。――あなたはきちんと第二主題(9)と上手くつながりましたか。あなたは感情の誇示を悔いて、できる限り「むきになった( fast zu Ernst ) (10)」思いつきを覆うために、付点四分音符(11)を挿入したのは急ぎすぎとは思いませんでしたか。いつもこれが不満の一つになると思います。 それから、謙虚にもうしあげますが、ホ短調で明らかな第一主題の復帰は、 (誰もが第一主題の繰り返しを期待しますが、あなたはフリッチゥ(12)に気兼ねしてその誘惑に抵抗したので) 騒 がしくて、第一主題が実際に登場したときのホ短調の効果を弱めます。ハインリッヒとわたしはそのことで言い合いになってきました。わたしが彼に聴かせていて、ここに来ると彼は決まって言います。「そこは君の間違いだ。ブラームスはホ短調をそんなに早く導入はしない。」もちろん、わたしの記憶では正しいと主張します。わたしはハーモニーではめったに記憶違いはないのです。「わたしはホ短調でなければと思うけど」と言います。「でもそれは間違いありません。」 嬰へ音で半休止のすぐ後でこのように進行して行きますでしょう。 {楽譜挿入}(13) その後主題が全奏で入ってきます。 そこでさらに洗練された転調を試みて、ホ調にいっそう至福の力強い効果でそれを導入することを考えてはみませんか。わたしがザクセン人なら、「黙って考えて ご覧なさい」と言うところです。あなたの変わらぬ親切心と忍耐力を確信し、わたしは率直にあらゆることで再度さらに再度あなたに感謝いたします。ほかの楽 章を知りましたら、それに鮮やかに対位して喜びの口笛を吹いて見せます。 でも葉書を書いてください。でないと、あなたがまた怒ったと思いますから。 それと当地ではいつお会いできると考えてよいのでしょうか。ウィーンにあなたが戻ったら、よろしければすぐにもハインツの新しい歌曲を送らせていただきま す。彼はそういつもご迷惑をおかけしたくないのですが、「フリージアン」という歌があり、わたしはとくに気に入っています。 もし不適切でないと考えられたら、お仲間――友人少なくとも伯爵夫人にわたしの尊敬をお届けください。彼女はエルテル療法(14)を薦めてくださって感謝しています。おかげでわたしは一流走者になりました。 大変誠実なあなたのE.H.より (1) 彼女の両親と姉。 (2) 書簡171。 (3) 彼女の家族。 (4) モーツアルトが1789年にライプツィッヒに滞在していたとき、トマス合唱団がバッハのカンタータ「主のために新しき歌を歌え(Singet dem herrn ein neues lied)の演奏を聴いた。バッハのカンタータのコレクションがすべてあるが、完全な総譜がないことを知り、パートを集め、周りに広げて、完全に覚えるまでその場を離れようとはしなかった。 (5) フリッチュのこと。彼の発行する Musikalische Wochenblatt はワーグナーを強く支持した。 (6) ホ短調交響曲の総譜、20ページ第8小節。 (7) 5ページ第12小節。 (8) 18ページ第8小節。 (9) 8ページ第5小節。 (10) 10ページ第3小節。 (11) シューマンの「子供の情景(Kinderszenen)」の10番の題。 (12) Musikalisches Wochenblatt は古典的なソナタ楽章、特に最初の部分の繰り返しの拒否に関する議論を抑えてきた。 (13) 総譜、13ページ第5小節。 (14) エルテル法とは心臓病の治療法である。
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