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178.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ベルリン、1885年11月4日 親愛なる友へ 昨日フラウ・シューマンから手紙を受け取りました。それから推察するに、どうしましょう、交響曲は日曜日の朝までに届かなかったみたいです。わたしがあなたの命令に背かなかったことを断言するために、手紙を今書いていますが、わたしは小包を29日、金曜日午後4時 に郵便局に持っていきました。フランクフルト急行はここを八時に出ますので、土曜日には着くと考えたるのは間違ってはいないと思いますが。着いてはいなくて、その結果、あなたとフラウ・シューマンがあわてていることを知って、わたしは言いようもないほど苦しい思いをしました。たぶんわたしに重大な不注意と 怠慢があると考えて、あなたは罵ったことでしょう。「これが親切と寛大にたいして私が受け取ったお礼だ」わたしはあなたの話が聞こえますし、あなたの仰せのとおりであることを認めます。わたしは特別な場合には一日の余裕を持たせるようにしてきました。木曜日に送るべきでした。でもヨアヒムとハウスマンが 交響曲をぜひ聴きたいといいますし、夜になるまで来られなかったのです。あなたは「遅くとも土曜日にはフランクフルト」と書いてこられたので、金曜日に発送するのは罪を犯すことにはならないと考えたのです。 どうかこれ以上怒らないでください。わたしは非常に真面目に事態を考え、とくにフラウ・シューマンが演奏会(1)の前にそれを慈しむことができなかったことで申し訳ないと思っております。 わたしを安心させる便りを下さい。この大騒ぎの中でも優しい思いやりを下さい。マイニンゲンに行かれたヘル・グロッサー(2)は――幸せな人です!――コンサートについて素晴らしい説明をしてくれました。彼によると交響曲は信じられないほど美しく響いたそうですが、その間わたしたちは黙っていました。彼が話したのはルビンシュタインの家でした。気の毒な主人(3)は まったく別の感情で聞いていたはずです。わたしたちは現在彼の演奏を当地で少しばかり聴きすぎていますので、残念ではありますが、彼とはどうしても衝突し てしまいます。彼がオーケストラをすべて知り尽くしており、音色とタッチが最高に精妙で豊かであることは否定できません。彼は演奏する曲にますます無頓着になり、リズムやその他のことで軽率な態度を取るようになりました。なんとも気の毒なことです。 ライプツィッヒ子は交響曲が聴けるのですか。ではわたしたちも行くとしましょう。ところでベルリンはどうなりますか。 では怒らないでくださいね。わたしの無実を信じてください。――では取り急ぎ。 E.H.より (1) 11月3日フランクフルトで。 (2) ユリウス・グロッサー(Julius Grosser, 1844-?)。書籍販売業者、記者。ブラームスとウィーンで知り合った。 (3) アントン・ルビンシュタインはブラームスの音楽の公然たる敵であり、聴衆の前で1曲も弾いたことはない。彼の有名な音楽史コンサートからブラームスの名前は外してあった。
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