|
「今日の詩」もエミリー・ディキンソンの“'Tis customary as we apart” 邦題を「お別れするときはいつも」とした。訳が幾通りも成立しうる彼女の詩。一見バラッド形式のようだが何度も音節数を数えたが、8行中2行に字余りの違反がある。崩れたバラッドである。外韻も内韻もこれといった工夫は見られない。彼女の詩から形式美がなければ何があるか? 例によって謎が残る。詩の大意は、友人は別れるときに小さな飾りを置いていく。クレマチスもこの地方を去っていった。どこかで花を咲かせていることだろう。でもクレマチスは贈り物をくれたので、懐かしく思い出される。 なんということもない内容であるが、クレマチスが去った後に残るのは「干からびた蔦」である。彼女はこの「干からびた蔦」を “a single Curl of her Electric Hair” と表現した。問題は “ Electric Hair” である。「電気の髪」では贈り物にならない。実は “ Electric” の語源は “ Electrum” すなわち「琥珀」である。この「琥珀」を擦ると、髪が逆立つ。ここから「琥珀」が「電気」になったのである。つまりクレマチスの干からびた蔦を「琥珀色の巻き毛」と表現したのである。こうすることによって詩になったわけである。 「電気」の言語上のルーツが「琥珀」であることを、19世紀の教育を受けた人なら知っていることなのか、一人よがりの閉じこもりの女性だけが知っていたのか。私には知る由もないが、今回OEDを調べて分かったことである。したがって試訳は次のようになる。 'Tis customary as we apart 'Tis customary as we apart A trinket−to confer− It helps to stimulate the faith When Lovers are afar− 'Tis various−as the various taste− Clematis−journeying far− Presents me with a single Curl Of her Electric Hair− Emily Dickinson お別れするときはいつも お別れするときはいつも 小飾を ― 贈る ― それで友情は深まるもの 離れていても ― 好みちがえば ― 贈り物も クレマチス ― 今は遠く ― 私に残して行った一房の 琥珀の巻き毛 ― エミリー・ディキンソン
|
全体表示
[ リスト ]

桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



