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204.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ [ベルリン、1887年5月16日] 親愛なる友へ ついにあなたの居場所を知りました。哀れなハインリッヒの要請で直ちに書いております。彼は今日で6週間あまり重病でした。わたしは不安な時を過ごしました。もう大丈夫とは到底言えませんが、危険な状態は過ぎたと思います。 わたしたちは17日間のイースター休暇を利用して、ぜひ会いたいという年老いた母の願いでフィレンツェに向けてあわただしい旅に出ました。一日半の旅でしたが、この強要された旅に耐えておりました。あいにく冷たい気候で、不快な石床とすきま風の通る入り込んだ路地で風邪をひきやすかったのです。ハインツは滞在の終わり頃に突然、リューマチの発作の生け贄になり、非常に苦しい状態で帰ることを余儀なくされました。ここでさらにもう一度危険な状態になり、まもなく右足を床に着けなくなりました。激しい痛みで寝たきりでした。悪いことに、医師たち(すぐに呼びました)はあわてるばかりで、重症の程度も今後の予知も判断できない状態でした。症候は不可解のようでした。最終的には 仙骨(os sacrum )の炎症と診断されましたが、氷枕を当てると理論に反して苦痛が増したのです。ライプツィッヒから知り合いの医師が来てくれましたが、専門家とは思えないあわてぶりで無名骨の炎症と言いました。それでは絶望的です。今では筋肉リューマチということになっています。 治療が不確かでなければ、悲劇というより喜劇になるところでした。おかげでモルヒネの注射で痛みも和らぎましたが、歩行が快復しません。最後の10日間松葉杖でよろよろ歩けるようになりましたが、一度に数歩で、大変困難な状態でした。彼は陽気で、この18年間というもの病気したことがないので、苦しみと退屈で二重に耐え難いようです。忍耐できないようです。昨日初めて、わたしたちは彼を励ますことができました。二人の仲間とあなたのトリオを演奏し、あなたのトリオを、あなたの見事なトリオを、とりわけ大好きな曲を演奏し、気分的には非常に回復しました。貴重な贈り物と急いでくれた配慮(1)に彼は千の感謝をしております。 彼は出発前に送ってくださった興味深い写真の入った小包にも非常に感謝しています。あの愛らしいヴァン・ダイクは見たことがありません。フロイライン・シュピースはあなたが彼女に非常に親切で、意見してくれてよかったと言っておりました。彼女は素直にわたしの言うことを受け入れ、その趣旨のことを素敵な手紙に書いてきました。でもわたしは主人の病気で拘束されていましたので、約束通りに会えませんでした。 待ち望んでいた合唱曲(2)の包みは探しましたが、ありませんでした。ハインツは重病で気晴らしが必要ですので、彼に送っていただけませんか。わたしたちは長くて良い手紙を書き、あなたの賛美を歌い、あなたのご好意を讃えます。ぜひ、ぜひ何か送ってください。明日、わたしはあなたのソナタ(3)をハインリッヒ貪欲公のご命令により弾く予定です。つぎがチェロ・ソナタの順番です。その後でもう一度します。 ハインリッヒはアストール(4)を通じて新作の合唱曲(5)を二曲送ります。あなたから優しい言葉をいただきたいのです。あなたはまたスイスで、遠く離れていますから、今回は悲しいけど会えないかもしれません。 わたしたちは絶対安静である限りここにいます。ハインリッヒが汽車で座れるようになれば、ナウハイム(フランクフルトとギーセンの中間)に行って、強壮効果のある治療がリューマチに効果があるのか試しに行きます。その後回復して静かなリスレイで休養したいと思います。わたしは非常に調子がよく、わたしの看護婦としての能力が緊急の時に備えていた体力を呼び覚ましてくれたのです。 さようなら。わたしの哀れな肢体不自由者に何か送ってください。 夏の間の幸せと繁栄を――その反映が忠実なる者に。 ヘルツォーゲンベルク夫妻より (1)ブラームスは三重奏曲を一部送っている。 (2)「秋に、作品104第5曲」 (3)イ長調ソナタ。 (4)「合唱と管弦楽のための頌歌、歌の星(Der Stern des Lieds)、作品55」と「コントラアルト、合唱、管弦楽のための夜の厳粛(Die Weihe der Nacht)、作品56」。 (5)リーター・ビーダーマン社の。
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