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214.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ミュンヘン、ヘス・シュトラーセ 30 1887年12月30日 親愛なる友へ これはご挨拶にすぎません。見知らぬはるか遠い町から、ライプツィッヒ(1)の 皆さんを想い、心の内をあかす憂鬱な挨拶です。おお、フンボルト・シュトラーセ。おお、ツァイター・シュトラーセ。「汝の梢のなんと暗きことか。」ああそ うです。幸福の日々は若き勇気とともに消え去りました。今わたしたちは日々のパンを得んがために、希望にすがり、忍従と諦観で生きております。時々、再び 元に戻ることはないと思うことがあります。頭を抱えると、いつもは抑えられる涙がしたたります。もしあなたが幸福になれる、陽気になれる、さらには再び若くなれると感じる限りは、人生の良きことすべてを放棄することはありません。陰鬱な治療の契約を結ぶには早すぎます。 願わくはわたしたちも良き日が見られますように。わたしは時々体力の衰えと、あなたはわたしの生来の陽気と言われましたけど、もう失われて再び呼び戻せない気がします。わたしの病人さんは逆に痛みが和らぐとびっくりするほど元気です。彼の精神も明晰です。先日、彼は下属音とその代用について凝った講義をし ましたし、あなたのコンチェルトのスコアを楽しそうに読んでいました。スコアは時々ベッドの上に広げてあります。あなたに言いましたが、彼はけっしてノイ ヴィッテルスバッハで良くなってはいません。ですから、いろんな理由を言っては彼が快方に向かっていることを信じさせています。それどころか、実際の病気 は――ここが肝心なところですが――悲惨なことに変化がないのです。覚悟はできていますが、医師は冬から何も良い変化がないというはずです。その後また彼 には訊くつもりでいますが、これでも良く見込みはあるのでしょうか。 いうまでもなく、わたしはあなたやライプツィッヒの友人のことを考えてきました。彼らはあなたとあなたの新曲をどんなに待ちわびたことでしょう。たとえ ば、エンゲルマン夫妻やレントゲン夫妻。明日のリハーサルが聴けたら、コンチェルト全体の着想が理解できるのですが、今はほんの一部だけです。一番愛らしいアダージオは全体の把握が容易ですが、他の楽章はきちんと研究する時間がありません。今日ライプツィッヒに集まっておられる友人すべてに書くとしたら、 わたしは運動が(医師の厳命です)できなくなりまし、フィリュ(2)にも助けて頂いたお礼を言わなければなりません。彼女はクリスマスからこちらにいてくれましたが、あいにく明日出発します。 さようなら、親愛なる友。ライプツィッヒでは、あなたの訪問日はわたしたちの赤字記念日でした。その日の喜びが大きかっただけに、とくにこの状況では今回の欠席は二重に辛く感じられます。あなたの旧友からも哀れなわたしのハインリッヒからもよろしくとのことです。 エリーザベト・ヘルツォーゲンベルク (1)ヨアヒムとハウスマンは1月1日にゲバントハウスで二重協奏曲を演奏した。指揮はブラームスであった。 (2)フロイライン・マリー・フィルンガー。
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