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今日のリルケは "Pietà" 「ピエタ」である。「ピエタ」といえばまず聖母マリアが十字架から降ろされた息子の遺骸を抱く彫刻や絵を想像してしまう。私は彫刻にも造詣の深いリルケがヴァティカンのミケランジェロ作の「ピエタ」を見たのかなと思った。だが素人の予想が当たるようではリルケではない。今日の詩の話者はキリスト復活の第一発見者であるマグダラのマリアが復活したキリストに語るシーンであった。キリストが彼女に "Noli me tangere"「我に触れるな」といったとヨハネの福音書にあることから、キリストとの親密な関係を想像する人は昔からいたようだが、異端審問に呼び出される恐れのなくなった時代のリルケもその一人である。 娼婦をモデルに描いた色っぽいマグダラのマリアの絵はいくらもある。今日の詩はまるでトリスタンとイゾルデなみのラブ・シーンであるが、この機会に私が好きな聖なる画僧フラ・アンジェリコ Fra Angelico(1395 - 1455) を掲載したかった。彼の描いた "Noli me tangere"「我に触れるな」は模範的である。 Pietà So seh ich, Jesus, deine Füße wieder, die damals eines Jünglings Füße waren, da ich sie bang entkleidete und wusch; wie standen sie verwirrt in meinen Haaren und wie ein weißes Wild im Dornenbusch. So seh ich deine niegeliebten Glieder zum erstenmal in dieser Liebesnacht. Wir legten uns noch nie zusammen nieder, und nun wird nur bewundert und gewacht. Doch, siehe, deine Hände sind zerrissen-: Geliebter, nicht von mir, von meinen Bissen. Dein Herz steht offen, und man kann hinein: das hätte dürfen nur mein Eingang sein. Nun bist du müde, und dein müder Mund hat keine Lust zu meinem wehen Munde-. O Jesus, Jesus, wann war unsre Stunde? Wie gehn wir beide wunderlich zugrund. Rainer Maria Rilke ピエタ イエス汝の足を再び見る あの時は若者だったから 私は脱がせて足を洗った。 汝の足は私の髪で揉まれ 荊の藪の純白の獣だった。 汝の痛めつけられた体を 私は始めて愛の夜で見る。 唯一度も寝所を共にせず 今は敬われ、見守られる。 ほら、両手は引き裂かれ 愛しい方、私に噛まれず。 心臓は開き、誰もが見る。 私だけが入りこめた所に。 汝は疲れ、疲れたる口は 私の嘆く口を求めはせず― イエス、我らが時はいつ? 我らが共に果てる謎の時。 リルケ
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リルケ
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




音の美しさは残念ながらわかりません。言語が読めないので。しかし敬愛の念と官能の狭間の詩はとても好きです。東西問わず文学者の溺れやすい題材ですが、僕もまた虜です。言語がわからないから仕方ないけれど、和訳もとてもリズムが考えられていますね。
2007/12/13(木) 午後 9:53 [ - ]
私のドイツ語の辞書はお粗末です。最近ドイツ語の脚韻について少しかじりました。この行の末端を見る限り韻を踏んでいます。でも解読がやっとで、リルケが音について工夫を凝らした詩人なのかどうかはまだ分かりません。
2007/12/13(木) 午後 10:12 [ fminorop34 ]
リルケにこんな官能的な詩があったとは驚きです。私の持っている岩波文庫の「リルケ詩集」星野慎一訳には別の「ピエタ」が載っています。そちらは母マリアの立場の詩です。
2007/12/15(土) 午後 3:52
母マリアのピエタが普通です。弟子のピエタが例外的にあるそうです。第4詩節は問題です。
第4詩節は問題です。「疲れたる口は/私の嘆く口を求めはせず」は直訳です。「マリアの口よりはマリアの話」の方が誤解がなかったかと思います。なにか接吻を求めているかのようです。そこまでは言っていません。
「我らが時はいつ?」もこれでいいのか、wann war unsre Stunde?の
war は過去形です。接続法 w??r ではないのです。色々疑問が残ります。第三詩節までは大きな間違いはないと思います。
2007/12/15(土) 午後 4:36 [ fminorop34 ]