ヘ短調作品34

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ヘルツォーゲンベルク書簡集

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232A.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

ニース、1888年10月28日

 親愛なる友へ

  あなたの楽譜の小包について語るにあたり、認めていただきたいのは、あなたが先の魅力的な手紙で好意を表明した人物に、ある程度の自由を容認すること、さ らに綺麗事よりは心得違いの意見を好むことです。わたしはあなたとあなたの音楽が好きですので、おべっかを使うことはできません。したがって、心にあることすべての表明を余儀なくされます。いいですか。わたしにとって、あなたの曲を楽しむ以上の喜びはないのです。それゆえ、楽しめなかったときは、騙されたような気がします。わたしが率直に申し上げても生意気と取らないでください。ですから、たとえ原因がわたしにあるとしても、他の方針はわたしにはありえません。わたしに感動を与えなかった曲に沈黙を守るべきであるとしたら、歌曲集(1)のなかで熱狂を惹き起こした曲を長々と論ずることはしません。わたしは何度も演奏しましたので、その度に印象は強くなっております。思いつくままを書き留めることにします。

 作品104では、一瞥して二番目の 「夜警(Nachtwache )」(2)を 曲集の真珠であると決めましたが、聴いてみてその通りに心に入ってきました。最初から最後まで、夕日の輝きとラッパの響きで温かい生気があり、あらたの発 声の登場自体がすべて楽しく、その柔軟さが簡素と結びついて完璧な宝石になっています。それに劣らず気に入ったのは「秋(In Herbst )」(3)で第三行のところがゾクゾクします。あなたは ‘er ahnt’ を非常に美しく処理しました。その進行は非常に満足すべきものですし、和声の観点からも非常に大胆です。そのために曲全体が凝縮しており、音調が良く保たれています。その一方で、ニ短調(4)の弦楽四重奏はどうしても気に入りません。あらゆる観点からも魅力に欠け、第1頁の7番 目のバーは(最後の一つ前の三番目)は積極的に嫌です。二つの他のパートが同時に変ホ音になりますが、これは悲惨です。わたしが想像するに、二番目と三番 目の四分音符の間にコンマを入れるつもりで、変ホ音をつぎのバーとの関係で考えたのでしょう。通常の凡人は(ビューロー・リーマン(5)―ウェストファル(6)の薫陶を受けていない)しばらく回復に時間のかかる衝撃を受けます。最初の「夜警」(7)は 二番目の危険なライバルがなければもっと可能性があったと思います。これのせいで不完全な曲はたちまちだめになります。うちの批評家が耳をぴくりとさせ、 疑問に思うさらにもう一つのケースがあります。この繊細ではあるが、合唱向きと言うよりはピアノ向きの登場では調子が合うのか自然に響くのでしょうか。さ て、その他、すなっわち、美しく、独創性があることを要求する気持ちが強すぎるという批判はできないでしょう。「これこそわしが好むブラームスだ。そう だ。この考えにわしは帰服する。」(8)しかし、そのブラームスがその他の作品では別人になっています。あるいはそれを理解するに必要な特殊な感覚がわたしには欠けているのかもしれません。「最後の幸せ(Letztes Gluck)」(9)は ほとんど満足できない例です。たしかに細部は良く仕上がっていることは認めます。すなわち、テノールがソプラノからテーマを引き継ぎます。嘆息する八分音 符の休止符それに全体の魅力的で抑制されたトーン。でも一番良いところを聞かしておいたら、わたしたちは不完全なところをどう公平に評価するのでしょう か。そして、最後のこのような忌まわしい和声、
{楽譜挿入}(10)
なぜあなたはこれに浸らないのですか。いつもそうすれば、わたしたちの耳もそれに慣れるかもしれません。あなたはこのような場合、7度の和音がト音では二重ではなく、単純掛留音であるときに旋律的であり、満足のいくものだと考えるようにわたしたちを訓練してきました。あなたの新しい曲すべてに同じ基準を当てはめるからといって非難しないでください。とくにあなたは「夜警」のように最上の天界をわたしたちにかいま見せてくれたのですから。
 他の曲でも同じことが言えます。さあ教えてください。「教会の墓地(Kirchhof )」(11)が 熱狂を巻き起こし、他の曲が冷ややかに受け入れられたとしても、これがわたしたちの責任ですか。信じてくださいね。あなたの正真正銘の友人は、どの新譜で も内容を見る前からとにかく有頂天になる手合いではないのです。その種の鑑賞能力のないブラームス党、表紙にあなたの名前があるだけで恍惚としてしまうの がいることは承知しています。彼らには崇拝の呪物でしょう。哀れなことです。まったく無関係で、その意味がほとんど見えないのに。あなたの音楽はわたしを 永遠の都にした真の力であり、この不可侵の所有のゆえに、深い感謝の念で尊敬するがゆえに、勇気を奮って、従えないところ、あなたの音楽に反応できないと ころを言わせていただきます。わたしは熱狂に冒されやすく、このブラームスに好意的偏見を持っているがゆえに、しばしば自分自身に疑問を投げかけたのは ――穏やかに、分別を持って、でも疑問を感じました――彼は作品を彼の心臓の血液からではなく、ただ――以前にあえて言ったことがあります――彼の知性 で、彼の工程で、彼の卓越した技巧で誕生させているのではないかと。すなわち、生み出された作品が、必然的であり、時の風雪に長く耐えうるものであること を保証する、衝動というものをまったく欠く場合があるのではと。

  信じてください。わたしは深く感動し、わたしの自由はあなたのご好意と友情から許されたものであることを充分に意識しながら書いております。さらに信じて ください。わたしがあり得ない事を述べているのは、わたしが心の底から尊敬しているからです。では「教会の墓地」に戻りましょう。彩色が鮮やかであり、歌 詞と曲の完全に協力している、この見事な作品についてさらに、つけくわえることがあります。最初の数小節で、ハープの様な悲哀がその本質の鍵を与えるもの です。最初の一行の朗読は完璧です。’??berwachsenen Namen’ は感動的です。`gewesen’ でのアクセントは強烈であり、そこでの転調は意外性と正統性を兼ね備えています。繊細な凪の状態になり、均整のとれた四分音符でハ長調(12)になります。’schlummerten’ の休止、’still’ で美妙なリフト、メロディー全体の美妙な流れ――これはすべて力強く、独創的で、円熟し、最上級の真の音楽であり、当分他の曲を聴こうとはしない類の曲です。しかし頁をめくると、Mannsbild(13) に 出会います。男のこそこそした姿、こんなのはどしんと土に投げ返すべきです。こんな詩をどうしてあなたが作曲しなければいけないのですか。わたしは理解で きません。荒涼としたヒースを歌った、魅力のなくて乾いた、安っぽい人気の詩です。たしかに荒涼としていますけど。こんな脱脂粉乳やレムケの「冷たい悪 魔」(14)の線まで後退するとは、良い詩はもう使い果たされたのですか。わたしはレムケを軽蔑してきましたが、それで良かったと思います。やっとその理由が分かりました。それと比較すれば、ハイゼの可愛い「乙女の歌(Madchenlied )」(15)は ゲーテです。甘く爽やかな空気が吸えます。なんと甘美な音楽を織り込まれたのでしょう。爽やかで上品ですし、主音がメロディーの最後のバーで属音に変化す るのは演奏家には魅力的です。その悲しげな憧れはたのしくて、決して変ではない新しさで耳を喜ばしてくれます。その直前の変ホ調(16)の曲は、この対照はいつもそうですが、きっと人気が出るでしょう。同様に、「ツバメの歌」(17)の歌詞は‘alter Mann’ で台無しです。でもこの曲はかなり可愛いピアノ曲になります。「奢る歌」(18)はフレミングが思っていた人とは違っていたという印象を拭えません。歌詞、曲ともにしっくりしません。
 「私の歌(Meine Lieder)」(19)は作品106中で一番気に入りました。この上品さ、黄金のトレーサリーと抑制されたバスの調子が最後の文に与える熱情に抵抗できる人がいるでしょうか。この効果はわたしには良く利きます。わたしにはこの種のものはいつも楽しいのです。「さすらい人(Wanderer )」(20)は やはり、二頁に美しい転調がありますが、わたしの血が凍り、聴く気がしない曲の一つです。より活気に満ち説得的ではあるものの、こんなブラームスは以前に 聴いていると言いたいのです。その時には毎回良くなって行くにに違いないと思って慰めていましたが。わたしは自分の好きなものには、まるでマクベスのよう に野心的です。アマンダ・レントゲンとわたしは「湖上にて(auf dem See)」(21)を演奏しました。フィドゥルの方が歌うより良い響きがすると思ったりしました。最後の頁は見落としがあります。そこに嬰ニ音があります。本位ニ音(22)にすべきではないですか。この部分はとくに岩のようにごつごつしていますから、嬰ニ音を弾くかと思いましたが、気に入った人は少なかったのです。わたしとしては、和声に多くの障害がなくなり、いらだたずに「浮けるエデン」を心に描くことができます。

(1)歌曲集、作品104-107。
(2)「混声のための5つの歌、ア・カペラ(F??nf Ges??nge f??r gemischen Chor, a capella)、作品104第2曲」。
(3)作品104第5曲。
(4)「孤独な若者(Verloren Jugend)作品104第4曲」。「弦楽四重奏曲」という表現で、音声部より楽器の扱いに不満を表明している。
(5)フーゴー・リーマン(Hugo Riemann ,1849―)。理論家、語彙論学者、有名な音楽評論家。1884年にウェストファルの Theorie der Rhythmik seit Bach に強い影響を受けたMusikalische Dynamik und Agogikを発表。続いて1886年に Praktische Einleitung zum Phrasieren を出版。
(6)ルドルフ・ウェストファル(Rudorf Westphal, 1826-1892)。理論家、音楽評論家。
(7)作品104第1曲。
(8)ファウスト二部の最後の独白の言い換え。
(9)作品104第3曲
(10)上曲の17ページ第10小節。
(11)作品105第4曲。
(12)15ページ第9小節。彼女はこれがコラール“ O Haupt voll Blute und Wunden“ から来ていることに気付いていないようである。
(13)「裏切り(Verrat)作品105第5曲」。“Mein Schatz liess sacht ein Mannbild raus“.
(14)「ザラマンダー(Salamander)作品107第2曲」。二つの歌の詩はカール・レムケ。
(15)作品107第5曲。
(16)「はしばみの花(Maienk??tzchen)作品107第4曲」。
(17)「乙女は語る(Der M??dchen spricht)作品107第3曲」第2節は“Schwalbe, sag’ miran, ist’s dein alter Mann?“.第3節は“Ein Mann harrt auf der Heide, ja Heide“。
(18)「誇らかなる乙女に(An die Stolze)作品107第1曲」パウル・フレミング(Paul Flemming)詩。
(19) 作品106第4曲。
(20) 作品106第5曲。
(21) 作品106第2曲。
(22) 10ページ第2小節。ブラームスはその後ニ音に本位記号を付けた。

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