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254.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1890年12月] 今日は急ぎの手紙で失礼します。五重奏曲が試演されるときにはあなたもそこに同席されるものと仮定してよろしいでしょうか。 ヨアヒムに彼への先の手紙について質問していただけませんか。この曲の冒頭部に関して、私の意見と質問を彼宛ての手紙で書きましたが、あなたにもお伺いしたいのです。あなたが批判的に聴いておられたら私としては幸いです。あなたのお考え(1)を率直に書いてください。 あなたの身に余る丁重なお手紙、それにまだ読んではおりませんが、印刷物郵便(2)に感謝いたします。 ケラーの文学的遺作から私が宝にしている部分をお示しすることで感謝の意を表したいと思います。 小さな標本を同封いたしますが、五重奏曲のリハーサルの後に返送のほどお願いします。 誠実なるあなたのJ.Br.より (1)第一楽章の主題を受け持つチェロが、他の楽器の16部音符の(forte)伴奏から、特に第3小節の対声部が始まるときに、明瞭に聴き取れるかどうかが問題であった。11月11日にウィーンのアルノルト・ロゼの室内楽の夕べで初演された。フンメルはその音域の広くて力強い音色で有名であったが、聴き取ってもらうのを断念した。第一バイオリンのジグムント・バッハリッヒは勇気をふるってブラームスに他の楽器の音色を修正する必要性を指摘した。12月11日のベルリンで五重奏曲を演奏した後、ヨアヒムはブラームスに書き送っている。「さて冒頭の楽節に関してご要望の報告について、第2小節の若干の修正を除いて、われわれは最初に戻っていき、後で再び音色を強めていった。」 (2)ヘルツォーゲンベルクの新作。 (3)ウィーン大学のイェーリンク(Jhering)の後継者はであるアドルフ・エクスナー(Adolf Exner)教授は、イェーリンク、彼の妹マリー・フリッシュ、ゴットフリート・ケラーの間で交わされた楽しい書簡をヤコブ・ベヒトホルト(Jacob Baechthold)の「ケラー伝(Keller-Biographie)」に編纂する前に目を通すようブラームスに手渡した。ブラームスはケラーの黄金の機知に感激し、午後をつぶして、ウィーンの友人たちに読んで聞かせた。彼はさらに自分のために部分的に写した。
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