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267.ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ローマ、ピアツァ・ディ・ピエトロ、パラツォ・チーニ、 1892年3月12日 親愛なる友へ ペータースはあなたの最新作ソロ四重唱(1)をサン・レモ(2)に、しかもこの時期に送付しました。私が曲を見ていないことをお許しくださるでしょう。二、三週間内にはフィレンツェに戻りますが、その時の楽しみができました。結局私はいらいらしながら、一人寂しく引き返し、ローマに一週間前に着きました。ここでは義姉(3)の家族が私を優しく迎えてくれました。 先日、フライシュル医師(4)の家でビルロートのお嬢さんと知り合いにならずじまいでしたが、彼女とそこに居合わせたフラウ・クイッデと会うつもりです。大きくて暗い、大勢の人がいる部屋で、夢の中にいる様な気分でした。 ジムロックがちょうど三重奏曲と五重奏曲を送ってきました。今日はもう手紙を書きませんので、トラのように曲を貪るつもりです。私を気にかけていただき感謝します。あなたは親切な方です。 あなたのヘルツォーゲンベルクより (1)ソプラノ・アルト・テノール・バスのための6つの四重唱、ピアノ伴奏つき(作品112)。 (2)夫人が死去したのはサン・レモであった。 (3)フラウ・ヘンリー・ベネット・ブリュースター(Frau Henry Bennet-Brewster)。 (4)フロイライン・エルセ・ビルロート(Fr??ulein Else Billroth)は才能のあるアマチュア音楽家でシュトックハウゼンの弟子。 (5)オットー・フォン・フライシュル(Otto von Fleischl)。ローマの医師。 (6)クラリネット三重奏曲、作品114とクラリネット五重奏曲、作品115。1891年の夏イシュルで作曲された。
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