|
ネットで仕入れた知識であるが、エリオットは「意識の流れ」という手法を使っているらしい。私もわけも分からずにジョイスの「ユリシーズ」を読んだことがある。エリオットに挑戦を決めてから覚悟はしていた。今日の「ラプソディー」がそれに該当するのであろう。 月に憑かれた話者は論理的な記憶を溶かされる。これで「意識の流れ」に浸る準備ができた。彼は夜の街をさまよう。お節介な街燈に話しかけられる。街燈は女衒よろしく、娼婦らしき女を紹介する。話者はこの後ドクロを連想する。次に街燈は夜警よろしくバターを食らう猫を見せる。話者は少年の万引きを思い出す。さらに夜が更けて、街燈は月の話を一人喋りする。最後に夜にはホテルの呼び込みよろしく、話者に眠るようにいう。こんな情景は自然主義リアリズムで描写されるよりは簡潔でありがたい。現代詩を読んだことがある人には別に驚くほどのこともないだろうが、初心者の私には面白かった。 Rhapsody on a Windy Night Twelve o'clock. Along the reaches of the street Held in a lunar synthesis, Whispering lunar incantations Dissolve the floors of memory And all its clear relations, Its divisions and precisions, Every street lamp that I pass Beats like a fatalistic drum, And through the spaces of the dark Midnight shakes the memory As a madman shakes a dead geranium. Half-past one, The street lamp sputtered, The street lamp muttered, The street lamp said, "Regard that woman Who hesitates toward you in the light of the door Which opens on her like a grin. You see the border of her dress Is torn and stained with sand, And you see the corner of her eye Twists like a crooked pin." The memory throws up high and dry A crowd of twisted things; A twisted branch upon the beach Eaten smooth, and polished As if the world gave up The secret of its skeleton, Stiff and white. A broken spring in a factory yard, Rust that clings to the form that the strength has left Hard and curled and ready to snap. Half-past two, The street-lamp said, "Remark the cat which flattens itself in the gutter, Slips out its tongue And devours a morsel of rancid butter." So the hand of the child, automatic, Slipped out and pocketed a toy that was running along the quay. I could see nothing behind that child's eye. I have seen eyes in the street Trying to peer through lighted shutters, And a crab one afternoon in a pool, An old crab with barnacles on his back, Gripped the end of a stick which I held him. Half-past three, The lamp sputtered, The lamp muttered in the dark. The lamp hummed: "Regard the moon, La lune ne garde aucune rancune, She winks a feeble eye, She smiles into corners. She smooths the hair of the grass. The moon has lost her memory. A washed-out smallpox cracks her face, Her hand twists a paper rose, That smells of dust and old Cologne, She is alone With all the old nocturnal smells That cross and cross across her brain. The reminiscence comes Of sunless dry geraniums And dust in crevices, Smells of chestnuts in the streets And female smells in shuttered rooms And cigarettes in corridors And cocktail smells in bars." The lamp said, "Four o'clock, Here is the number on the door. Memory! You have the key, The little lamp spreads a ring on the stair, Mount. The bed is open; the tooth-brush hangs on the wall, Put your shoes at the door, sleep, prepare for life." The last twist of the knife. ラプソディー:風の強い夜 12時 街路沿い 抑制された月の光合成 小声の月の呪文が 記憶の底と 明確な関係 分割と細分を溶かす。 僕が通りかかる街路の灯は 運命の太鼓のように打ち鳴らし 闇の空間中に 深夜は記憶を振るい落とす 狂人は乾いたゼラニウムを振るい落とす。 一時半 街燈はペチャクチャ 街燈はブツブツ 街燈は言った 「ほら、ドアの灯りにいるお姉さん あなたのことでまよっていますよ ドアがニヤリと開いていますぜ。 服の縁が千切れて 砂がついてますでしょうが それに目じりが ねじれたピンのようで」。 嘔吐し干乾びる記憶 ねじれた物の数々 海岸のねじれた枝 葉は食べつくされ、磨かれ 世界が放棄した 骸骨の秘密みたい 硬くて白い。 工場の裏の壊れたバネ 強度が残した形にへばりつく錆 硬く、曲がり、今にポキンと折れる。 二時半 街燈は言った 「ほら、猫が溝で背伸びしているでしょう 舌がつい出て 臭いバターに食らいついていますぞ」。 子供の手も、オートマティックに つい出て、おもちゃを隠し 波止場を走り去る。 僕に見えるのは子供の目だけ。 街で見かけた目は シャッターから中を覗きこんだ。 ある日の午後池の蟹 貝を甲羅に付けた蟹 僕が持った棒の先を握っていた。 三時半 街燈はペチャクチャ 街燈は闇でブツブツ。 街燈はモグモグ 「ほら、月が 『月は恨まない』です 月はかすかにウィンクします 月はすみずみまで笑います。 月は芝の毛を繕い 月は記憶を失くしました。 月の顔は天然痘でひびが入り 月の光線は紙のバラをねじり ほこりと古いコロンが臭います。 月は孤独。古い夜の臭いが 月の脳をつぎつぎに横切りますが 記憶が戻るのは 日陰で乾いたゼラニウムと 割れ目のほこり 街の栗のにおいと シャッターが下りた部屋の女の臭いと 廊下のタバコ バーのカクテルの臭いです」。 街燈は言った 「四時です これがドアの番号です。 おぼえて下さい! 鍵がございます。 小灯が階段を丸く照らします。 階段をお上り下さい! ベッドの準備はできております。歯ブラシは壁にかけてございます。 ドアに靴を置いてから、お休みになり、明日にお備え下さい」。 余分な最後の一言。 TSエリオット 注記:テキストと注釈はRhapsody on a Windy Night にある。 1. 注釈者によれば、このフランス語の一行はフランス象徴派の詩人ジュール・ラフォルグ を引用したものとある。 2. 注釈者によれば、ホテルの従業員に靴を磨かせるために「ドアに靴を置く」とある。 3.”The last twist of the knife’ は人の気分を害する行為あるいは言葉である。
|
TSエリオット
[ リスト ]

桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




エリオットの詩を沢山UPして頂きありがとうございます。「意識の流れ」の手法ってこうして詩で読むととても面白いですね。私は、ジョイスの「ユリシーズ」はまだ完読したことがない(と言うか、もう挫折気味です....--)のですが;、「意識の流れ」って絵画のイメージにすると、なんだか自動書記みたいな感じで描かれた雰囲気を感じます。
エリオットは、長い間「キャッツ」の原作者としてのイメージしかなかったのですが、今年になって「四つの四重奏」に出会い、エリオットを少しずつですが、読み始めたところです。こんなに沢山訳されるのには大変だったと思うのですが、fminorop34さんのこなれた解釈にいつもながら感銘を受けます。
2009/8/21(金) 午前 6:18 [ - ]
コメント有難うございます。エリオットの「荒野」は図書館で背表紙を見ただけです。「キャッツ」との関係もしりませんでした。20世紀で比較的長生きした方の著作権は諦めていたのですが、ウェッブにありましたので、早速飛びつきました。20世紀の作家ではフロストぐらいです。あと20世紀になって評価されたという意味でエミリー・ディキンソンぐらいがブログで取り上げられる詩人と思い込んでいました。ロマン派の饒舌さに多少疲れがでたのでしょうか。
2009/8/21(金) 午後 1:17 [ fminorop34 ]
他人の脳の中は分かりません。それも万学を修めた詩人の意識の流れなど分かりっこありません。誤訳ばかりだと思いますが、英語を日本語に変換するだけなら、意外に楽です。カメラのショットがポンと別なショットに移ります。主語も述語もないのでフォローしやすいのかもしれません。フロストのローカルなアメリカ英語に比べれば随分楽です。
2009/8/21(金) 午後 1:23 [ fminorop34 ]
詩の訳で街燈の喋り方を変えてみましたが、ちょっと行き過ぎではないかと思います。街燈に喋らせている形式ですが、本人の独り言ですから、同じ調子で喋るべきだったかなと、今でも思います。
でもようやく私も20世紀に入りました。今後著作権の限界まで挑戦したいのですが、誰がいるのか私は全く知りませんです。
2009/8/21(金) 午後 1:29 [ fminorop34 ]