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コールリッジは死ぬ一年前にエピタフを書いている。自分の祈りを通りがかった人に繰り返して下さいと願う形式で書かれている。釈然としないのは、彼が得た「賞賛」と「名声」を赦すよう神に祈っていることである。「富」が天国への妨げになるという話は聖書にあるが、「賞賛」と「名声」も同様であろうか?いずれも「傲慢」の罪を犯しやすいが、私には始めて知る祈りであった。 Epitaph Stop, Christian passer-by!—Child of God, And read with gentle breast. Beneath this sod A poet lies, or that which once seem'd he. O, lift one thought in prayer of S. T. C.; That he who many a year with toil of breath Found death in life, may here find life in death! Mercy for praise—to be forgiven for fame He ask'd, and hoped, through Christ. Do thou the same! Samuel Taylor Coleridge (1772-1834) エピタフ 通りがかりの神の子、キリスト教徒の方々 思いやりの心でお読みください。この芝の下に 詩人あるいはかっての詩人が休んでいます。 長い年月、呼吸で苦しんでいまして 生に死を見、死に生を見てきました このS.T.Cの祈りに思いやりを下さい。 賞賛に寛恕を――名声に赦しを与えられんことを キリストにより彼は願いかつ望みました。 おなじ祈りをお願いします! サムエル・テイラー・コールリッジ(1772-1834) 彼は現在聖マイケル教区教会、ハイゲイト(St. Michael’s is the Parish Church, Highgate)の聖堂に眠っている。その墓石 には彼のエピタフが刻んである。一緒に眠るのはコールリッジの妻と娘である。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


