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エミリーは空気の自由に憧れている。風の詩なら、すでに投稿したのもある。 二詩節の四行詩だが、いつものバラッドではない。偶数行で「韻」を踏んでいる。 Air has no Residence, no Neighbor, Air has no Residence, no Neighbor, No Ear, no Door, No Apprehension of Another Oh, Happy Air! Ethereal Guest at e'en an Outcast's Pillow ― Essential Host, in Life's faint, wailing Inn, Later than Light thy Consciousness accost me Till it depart, persuading Mine ― Emily Dickinson (1830-86) 空気に家なく、隣人なく 空気に家なく、隣人なく 耳なく、ドアなく 他人への気兼ねもない ああ、幸せな空気! 天上の客は放浪者の枕元にも―― 弱く悲しい命の宿に不可欠の亭主 汝の意識は光を追い私に声をかけ 私の意識を納得させて出て行く。 エミリー・ディキンソン(1830-86)
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




こんにちわ。
「欠陥詩という非難がれっきとした学者からも出ています。」ということですが、でも、好い詩ですね。私などは反対に短い詩を書く方が難しいと思いますが・・。
彼女の心が表れているようで、この詩も素敵ですね。ポチ☆
2009/12/26(土) 午前 4:24 [ - ]
槍玉に上がったのは「日向ぼっこのエトナが」です。エトナはいつも噴火しているので地元民は安心している山で裾野は耕作されています。エトナは「ガス抜き」されている山です。彼女はこれを文献で知ったのでしょう。かって論争になった詩です。もしご関心があれば。
http://blogs.yahoo.co.jp/fminorop34/60767448.html
2009/12/26(土) 午前 11:54 [ fminorop34 ]
ありがとうございます。
了解しました。ちょっと覗いてみます。
確かに非難の対象になるかもしれませんね。loudの訳が難しそうですね。
2009/12/26(土) 午後 8:00 [ - ]
前半に音の記述がないにもかかわらず、loud という結論に整合性がないというのです。それを言い出したら彼女の詩はすべて問題があります。
「日向ぼっこのエトナが」はまだ序の口です。凄いのがあえいます。
2009/12/26(土) 午後 8:08 [ fminorop34 ]