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ハーディは墓場で成仏していない死者とよく会話する。今回の死者は、自分が先祖の記憶が薄れるように、現在生きている人々によって忘れ去られることは必定である。これが第二の死であり、悲しいというのである。さらに現世の良き行いも人々記憶から薄れ、悪しき行いの人々と一緒にされるという。なんともいじましい話である。 この詩のメジャーは 6 10 10 6 である。脚韻の構造は AABB である。 The To-Be-Forgotten I I heard a small sad sound, And stood awhile among the tombs around: "Wherefore, old friends," said I, "are you distrest, Now, screened from life's unrest?" II --"O not at being here; But that our future second death is near; When, with the living, memory of us numbs, And blank oblivion comes! III "These, our sped ancestry, Lie here embraced by deeper death than we; Nor shape nor thought of theirs can you descry With keenest backward eye. IV "They count as quite forgot; They are as men who have existed not; Theirs is a loss past loss of fitful breath; It is the second death. V "We here, as yet, each day Are blest with dear recall; as yet, can say We hold in some soul loved continuance Of shape and voice and glance. VI "But what has been will be -- First memory, then oblivion's swallowing sea; Like men foregone, shall we merge into those Whose story no one knows. VII "For which of us could hope To show in life that world-awakening scope Granted the few whose memory none lets die, But all men magnify? VIII "We were but Fortune's sport; Things true, things lovely, things of good report We neither shunned nor sought ... We see our bourne, And seeing it we mourn." Thomas Hardy (1840-1928) 忘れ去られる者 I かなしげな小さい声を耳にし 私は立って墓を見回した。 「どうして悲しいのです」と私は言う 「浮世の不安はもうないのに?」 II 「ここで悲しくはありませんが 私たちの第二の死が間近いのです。 生きている人々から私たちの記憶が消え 完全な忘却が到来する時が! III 私たちに先立った先祖は 私たちより深い死に抱かれて眠ります。 どんなに過去を見る目があっても 先祖の亡霊も想い出も見られません。 IV 完全に忘れ去られた人に数えられ もはや存在しなかった人なのです。 偶然失った呼吸より以上に失う これが第二の死です。 V 私たちにはまだ毎日懐かしい 記憶が残されているし、まだ話せます なんとか引き続いて愛しい 姿や声や視線を持ち続けています。 VI 過去にあったことは未来にも―― 最初に記憶、次に記憶を飲み込む忘却の海 先立った人のように、私たちは 語られることなき人々と一緒になります。 VII 私たちの誰が生前に 万人が記憶する人々にのみ認められた 目覚めの世界の範囲を示せましょう? すべての人々に広げるだけです。 VIII 私たちは所詮『運命』の娯楽に過ぎず 誠実なる者、愛すべき者、評判良き者なのです 私たちが避けも求めもしなかったことです… 私たちの行き先を知り、私たちは悲しんでいます」。 トマス・ハーディ(1840-1928)
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ハーディ
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




small sad soundという響きがなんとも言えずいいですね。
それに、第二の死も・・。
2009/12/30(水) 午後 7:19 [ - ]
ひでゆきさん今晩は。ハーディの頭韻が利いていますか?それは良かったです。
ハーディの死生観は分かりにくいです。今まで聞いたことがない観念が出てきます。これから理解できるようになるでしょうか?
2009/12/30(水) 午後 7:27 [ fminorop34 ]
外国の詩は私には難解ですが、この「忘れ去られる者」は少し分かります。そんな歳になったのでしょう。関連して旧約聖書の詩篇103−16「風がその上に吹けば、消えうせ 生えていた所を知るものもなくなる」が浮かびます。外国詩人のものの見方、死生観を知るために新年もブログを拝見させて下さい。クリスマスカード有難うございました。私はまだ写真を撮り続けたいと思っています。
2009/12/31(木) 午前 0:19 [ minuma ]
お早うございます。詩篇103−16「風がその上に吹けば、消えうせ 生えていた所を知るものもなくなる」を読ませていただきました。
ハーディは多作で、どれを読んだらいいのか。とりあえず専門家が推奨する詩を読んできましたが、「死」が多いです。また心がけます。
いつも素晴らしい写真を有難うございます。年々腕前が上げられてきましたね。来年も宜しくお願いします。楽しみにしております。
2009/12/31(木) 午前 9:54 [ fminorop34 ]
いや、難しいですね。私にはきっと理解できませんね。
ブランショさんに聞いてみたいと思いますけど、分かるかどうかは分かりませんね。結構知っていろいろ話しているみたいですけど・・。
2009/12/31(木) 午前 10:34 [ - ]
ひでゆきさんお早うございます。
ブランショさんとはモーリス・ブランショのことですか。私は存じ上げないですが、また宜しくご教示ください。
2009/12/31(木) 午前 10:40 [ fminorop34 ]
ええ、モーリス・ブランショのことです。なぜか、私のプロファイルの一番に載っていたので書いてしまいました。お気に入りは全部取り換えたのですが、きっとその辺に本が転がっていたのでしょうね。
「文学空間」の中で、確か死、第二の死の記述があった記憶があるのですが、定かではなく、誠に申し訳なく、ご容赦下さいますようにお願い致します。
2009/12/31(木) 午後 5:06 [ - ]
最近は哲学する心がとみに薄れました。色々とお教えください。
2009/12/31(木) 午後 5:20 [ fminorop34 ]