ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

音楽

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ブラームスはヴィオリン・ソナタ第三番の原稿をメル友のエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクに送り、彼女の批評を求めている。この時のエリーザベトの返事が拙訳の『ヘルツォーゲンベルク書簡集』にある。ご関心のある方は下記をクリックして下さい。




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この曲も美しいですね。
どの楽章も重厚で激しさもあり飽きさせませんね…。
個人的には2楽章のアダージョが好きです
堅物のブラームスがロマン派と言われるのが納得です…。

エリザベトからブラームスへの手紙を読ませていただきました。
忌憚のない意見を言い合える良い関係だったのでしょうね

2015/7/12(日) 午後 11:54 cccka

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エリザベトはドイツが統一されるまで、ハノーバー王国の外交官の娘としてパリやウィーンで少女時代を過ごしました。父親はショパンやアルカンにピアノのレッスンを受けていました。母親は美人で文才がありました。エリザベトは母から美貌と文才と父から音楽の才能を受け継ぎましたが、佳人薄命というか先天性の心臓病を患っていました。ちなみにショパンの唯一のバルカロールはエリザベトの母親がショパンの自筆原稿を献呈されています。

2015/7/13(月) 午後 0:02 [ fminorop34 ]

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その後ハノーバ王国は普墺戦争でオーストリア側につき、お取り潰しになり、ウィーンに亡命政権をつくります。その頃だと思いますが、エリザベトはブラームスにピアノのレッスンを受けます。その後結婚してからもブラームスとの交友関係は続き、《2つのラプソディ》作品79を献呈されています。ブラームスのミューズとしてはクラ・シューマンが有名ですが、エリザベトもミューズの一人だったのでしょう。ブラームスとの書簡集はウィーン楽友協会から出版されましたが、版を重ね唯一英訳されました。彼女の文才のせいだと思います。

2015/7/13(月) 午後 0:08 [ fminorop34 ]


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