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年末になると「第九」の放送がNHKで聞く機会があるが、最近は「紅白」も「第九」も聞かなくなって久しい。外国に滞在していた時に、「紅白」は一ヶ月遅れぐらいであろうか、ビデオの録画が聞く機会はあった。滞在先で「第九」を聞く機会はあったのかも知れないが、聴こうとも思わなかった。
帰国後バブル景気の頃、チョット洒落たビアホールがあり、数人のジプシーを呼び演奏させたりしていたが、年末だったのか、「第九」の最終楽章のポピュラーな一節をバイオリンで弾いてみせた。日本でバイオリン弾きをしていると「第九」が受けると知っていたのである。
「第九」は第一次世界大戦後の板東俘虜収容所でドイツ人捕虜によりアジア初演されたことで有名である。私はもう一つのエピソードが全く語られていないのが気にはなっている。そのエピソードとは第二次世界大戦中のことである。「第九」の原盤がU-Boot で極秘裏に日本に運ばれたのである。これは「戦う日本国民に献呈する」というヒトラー総統のメッセイジであった。物資が不足する中、特別の計らいでSPレコードが発売された。このレコードは戦後も聴かれていたはずである。非軍国主義化と非ナチ化の流れであろう。公然とは語られていなかったのではないか。
実は60数年前になるが、私は知りあいの家でドイツ製の蓄音機と竹製の針でこの「第九」を聴いている。そして処分されていなかった軍国主義時代の音楽雑誌を読んだ。その中に「第九」の原盤の話が書かれていた。それにしてもあの蓄音機と「第九」のレコード、それに役目を果たし、日本を離れたU-Boot の運命はどうなったのか。
意外なことに指揮者は第三帝国の代表的指揮者フルトヴェングラーではなく、日本では当時無名のオイゲン・ヨッフムであった。多少の落胆はあったものの、ナチの新進気鋭の指揮者であると喧伝されていた。ヨッフムの「第九」の録音記録を最近みたが、日本に輸送された原盤を特定できなかった。YouTube に彼の「第九」の全曲盤があった。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...




ヨッフム指揮の第九…とても良かったです


です!
オーケストラはバイエルン放送交響楽団ということでスタジオ録音なのでしょうか…。
録音も第4楽章でところどころ針飛び?がありましたが、
それ以外は良好で、最後までしっかり聴かせていただきました
私は毎年この時期に第九を聴きに行くのを楽しみにしているのですが、
今年も昨日日本フィルの演奏を聴いて参りました。
年末に第九というのは日本だけの風習のようですが、
U−ボートやヒットラーのメッセージ…などは全く知りませんでした。
Fminorさまのお蔭で、近代音楽の歴史を感じます…。
ベートーベンの交響曲は父の影響でどれも何となくよく聴いておりました。
その中でも第九は一番好きです。
ヨッフムはベートーベンの交響曲全集を出しているようですので
是非聞いてみたい…と思いました。
カラヤンとはまた違って、低音が響く温かい音でした
ナイス
2015/12/27(日) 午後 9:07
私はベートベンの交響曲で唯一持っていた{第九」を誰かに貸したのか現在持ち合わせません。この話ヨッフム自身が語ることはありえません。彼は第二次大戦後、ナチ・ドイツの占領地アムステルダムで交響楽団の常任指揮者に呼ばれたぐらいですから、口が裂けても積極的なナチ協力者と告白することはないでしょう。
ですが、彼も他界されたし、戦争中・戦後の「第九」を語れる人は少なくなっていると思います。私の知り合いの購入者も何十年も前に亡くなりました。
この蓄音機や竹の針をお知りになりたかったら、Youtube で「蓄音機」で検索してみてください。三角柱の竹の針で、斜めに切る専用のハサミで先を切り、尖らせました。鉄の針もありましたが音の違いは分かりませんでした。ノイズの記憶はありません。ラジオのノイズが凄い時代だったからでしょう。
私の知り合いの「蓄音機」はドイツ製で借家一軒買えたぐらいのお値段だったそうです(金持ちの投資先がない不景気な時代の借家は安かったらしいです)。
Youtube に登場する蓄音機は何処にもあり、戦後「愛馬行進曲」等を聴きました。
2015/12/27(日) 午後 9:36 [ fminorop34 ]
> fminorop34さん
この時期に素晴らしい「第9」を聴かせて頂き有難うございます。
これまで聴いたのと比べると緊迫感を感じました。
先の大戦中にあった事実を聞いたからかもしれませんがー
早速「お気に入り」にして保存しました。
今年も私のブログ写真を見て頂き有難うございます。
どうか良い新年をお迎えください。
2015/12/31(木) 午後 7:18 [ minuma ]
「第九」の Youtube お気にめしましたか。まことに有難うございます。
大戦中に一兵士であり、まだ死ぬわけにはいかないとイタリア戦線で逃げまわったフィッシャー・ディスカウにしても、戦後奥さんが教員免許を持っていたことで奥さんに食べさせてもらったカール・ベームにしても、一応ナチ協力者であったヨッフムにしても、人間いつ生まれたかにより、人生は変わってくるものです。
いつも素晴らしい写真を見せて頂きありがとうございます。羨ましい限りです。来年もよろしくお願いします。
2015/12/31(木) 午後 8:35 [ fminorop34 ]
新年おめでとうございます!






竹の針の蓄音器…Youtubeで聴きました
まさか竹の針で…と思いましたが
電気を全く使わないでレコードを回している動画もあり
まさしくびっくりポンでした
デジタル世代にとってレコードはちょっとした憧れですが
生で聴かないと良さはわからないのかもしれません…。
というか…生で聴いても聴き分けられるかどうか…
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます
2016/1/4(月) 午後 3:32
明けましておめでとうございます!此方こそ宜しくお願いします。
竹の針で聴かれましたか。サボテンの針もあったようです。竹の針はすぐずり減るので、三角形の穴があいたハサミでちょん切りました。
不思議なことですが、当時のラヂオ放送で聞くよりも高級な音だった記憶はします。ステイタス・シンボルで持つというだけでなく楽しめたと思います。
戦後は焼け残った公会堂で藤原歌劇団で「蝶々夫人」などを聴きました。その日は幸運だったのですが、進駐軍に接収されていましたので、たださえ音響効果の悪い公会堂の上の会場でアメリカ兵がバスケット・ボールをしているといった有様でした。
ラロのスペイン交響曲は最近ディジタルで聞きましたが、ノイズが凄く、本当はこんな音だったのかと思いました。ノイズがあっても感激していたのかなと思いました。
2016/1/4(月) 午後 3:57 [ fminorop34 ]