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私の戦後の知人宅での蓄音機の思い出もかなり薄れてきたが、ハッキリ記憶しているのはバッハの「イタリア協奏曲」を聴いていることである。現在では珍しくはないが、楽器がハープシコードであった。曲が「イタリア協奏曲」であり、珍しい楽器がハープシコードであることもその後NHKの放送等で聴いたので記憶は繋がっている。
演奏家が誰であるのか確かめもしなかった。だがNHKのバッハのハープシコードといえば、ワンダ・ランドフスカ女史の演奏と決まっていたように記憶する。大学生になったころ、名曲喫茶というのが盛況であった。そこでもワンダ・ランドフスカのゴールド変奏曲を聴いた。
そのうちに知人宅で聴いた「イタリア協奏曲」もワンダ・ランドフスカの演奏ではなかったかと思うようになった。もはや確かめる術はないが、知人は音楽雑誌を購読し、世界で最も権威ある演奏家のレコードを購入してきた。それも1920年後半から1930年前半に録音した音楽家に集中している。今ではバッハの鍵盤音楽を古楽器で演奏する人はいくらでもいるが、当時はワンダ・ランドフスカ以外に考えられないと思う。幸いにしてワンダ・ランドフスカの「イタリア協奏曲」がYouTubeにあったので今日紹介する次第である。 |

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こんばんは♪
前はあまりバッハは聴きませんでしたがいいですね。
今日の曲は、リズミカルなメロディーの次に随分とゆっくりしたメロディーになって軽やかで忙しそうなメロディーに変わって、
楽しみながら聴くことが出来ました。
名曲喫茶で飲むコーヒーは
さぞ美味しいでしょうね。
2016/3/13(日) 午後 6:58 [ 月の湖に映る雪 ]
今晩は。知人はハイカラさんでしたから、コーヒーも戦前にすでに飲んでいたのでしょう。キザな人ではなかったけど西洋の文化には強い憧れがあったようです。幸い家が戦災に遭わずにすみましたので戦前同様に文化的に恵まれた暮らしでした。
2016/3/13(日) 午後 7:24 [ fminorop34 ]
昔、ワンダ・ランドフスカの演奏で聴いたときは、ハープシコードと言う時が多かったと思います。その後他の演奏家だとチェンバロと言われ、別物かと思ったことがありました。
2016/3/13(日) 午後 9:16
ハープシコードは英語で、チェンバロはドイツ語、クラブサンはフランス語だそうです。制作した職人も違っていたことでしょうが、作曲家、演奏家によっても違った名前だったのかも。
2016/3/13(日) 午後 9:22 [ fminorop34 ]
こんばんは

最初、「協奏曲」という名が付いていてもオーケストラと一緒ではなく
チェンバロの独奏で少し驚きました。
音楽を聴きながら少し調べてみると、元は協奏曲というジャンルがイタリア発祥で
バッハの時代は協奏曲と言うと
3楽章構成、独奏と合奏の交互の演奏形式で
その為には2段鍵盤を持つチェンバロが指定されるようですね。
なるほど〜ととても勉強になりました。
ドイツを一歩も出たことがなかったバッハにとって
やはりイタリアは憧れの土地だったのでしょうか…。
ハープシコード(チェンバロのことですよね^^)のことはよくわかりませんが、
ワンダ・ランドフスカさんの演奏は爽やかさを感じました
2016/3/13(日) 午後 10:03
今晩は。
私たちには古楽器といえばハープシコードのことで、ハープシコードといえばワンダ・ランドフスカ女史と結びついていました。ゴールドベルク変奏曲もグレン・グールドよりも彼女の演奏が放送されたような気がします。
昔は歩いて出掛けたでしょうからイタリアにはおいそれとは行けなかったでしょうね。著作権のないじだいですから、大バッハもヴィヴァルディの曲をそっくり頂戴したそうです。彼はチェンバロやオルガンの奏者としては有名でしたが、無名の作曲家だったそうです。
憧れはあったでしょうが、イタリアに就職の話があったかどうか、あるとしてもカトリックに改宗する必要があったでしょうね。バッハ姓を名乗る一族最後の人物は女性だったらしいですが、改宗してイタリアで職を得たようです。
2016/3/13(日) 午後 10:32 [ fminorop34 ]