ヘ短調作品34

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As if the Sea should part
 
As if the Sea should part
And show a further Sea —
And that — a further — and the Three
But a presumption be —
 
Of Periods of Seas —
Unvisited of Shores —
Themselves the Verge of Seas to be —
Eternity — is Those —
 
Emily Dickinson
 

海が別れを告げて

 

海が別れを告げて

更に遠い海に導き――

更に遠くへ行くが――

三海は外れた推測――

 

広大な航海時代の――

人跡未踏の島嶼は――

海の淵のはずだが――

永遠は斯かる島嶼――

 

エミリー・ディキンソン

 

大航海時代、航海者は果てしなき航海へと出発した。次から次へと人跡未踏の島が表れ、終了することがなかった。我々の永遠の命への旅路もこのように果てしなきものである。

閉じる コメント(6)

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スケールが大きいですね。大航海時代に思いを馳せるとは。

2018/1/31(水) 午前 11:29 [ ノーやん ]

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海を一度も見なかったとされるエミリーですが、幼少の頃ボストンの親戚に一家で出かけています。その時ひょっとすると海を見ているかもしれません。それでも詩では度々海は出てきます。

2018/1/31(水) 午前 11:52 [ fminorop34 ]

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ここでいう"shores"は「島嶼」ではなく「崖」つまり、中世哲学が想定する世界の果て、海水が宇宙へ流れ落ちる断崖を表しているのではないでしょうか。この語を大西洋の島嶼群と考えると"Verge of Seas"(海の淵)という表現がしっくり来ません。私なら以下のように訳します。

海原ここに決別し
更なる遠きへ導きて
遥か彼方へ至れども
三つの海は当て外れ

船乗りの世が憧れし
人跡未踏の最果ては
海の淵かと思えども
見るや永遠そこに在り

2018/9/20(木) 午前 9:50 [ selesnyan ]

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コメント有難うございます。挿絵はまさに海の果てを表していますし、当時の船員もそう考えたのでしょうが。海の果ては船乗りが憧れていたのではなく、恐るべき死の淵だったとおもいます。

2018/9/20(木) 午前 10:04 [ fminorop34 ]

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なるほど確かに。深淵を目指しているのに「憧れ」という表現はよくなかったですね。「慄きし」が適当な表現だったかな。恐れ入ります。

2018/9/20(木) 午後 8:46 [ selesnyan ]

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とにかく挿絵が不適切でした。できれば差し替えたい気持ちです。エミリーは大航海時代の海また海の世界に関心がありました。リンカーンが暗殺された報がロンドンに届くのに14日かかった時代です。まだまだ世界には辺境の地がありましたし。

2018/9/20(木) 午後 9:44 [ fminorop34 ]


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