ヘ短調作品34

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Feldeinsamkeit 余談

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さて Hermann Allmers の Feldeinsamkeit はたしかに傑作であるが、彼はニーダー・ザクセンの地方的な文化人である。イタリアに長期滞在したが、川が長い時間をかけて土砂を運んで創り上げた北西ドイツの沼地の文化と風土を愛し、生涯をそこで過ごした。

Hermann Allmers Gesellschaft なる団体が、彼を取り巻く文化人がかって集まった家を保存し、文献・資料を展示しているが、現在ではそれほど著名な人物ではない。ブラームスの傑作歌曲の作詞者として後世に名を残したという評価は彼には不満ではあろうし、私も不当であると思うが。

Hermann Allmers は偶然ブラームスの Feldeinsamkeit を聴く機会があったが、彼の気に入らなかった。作曲家としての名人芸は認めるものの、わざとらしく、人為的で、Allmers の意図した素朴で自然な気分の表現を損なっているというのである。気に入らないものを褒めるわけにはいかないだろうが、この反応で彼は音楽愛好家からは嘲笑された。

文学者の付曲へのネガティブな反応としては、ゲーテがシューベルトの「魔王」を嫌った話が有名である。己の黄金の言葉に何を加える必要があるのかという自負心であろうか。私はそうは思わない。

詩は出版され、文字となり視覚に訴える芸術作品となるが、しばしば夜会等で朗読されているはずである。その意味で詩は、聴覚に訴える、音楽的な芸術作品であり、詩人自身が最初の作曲家である。ただ詩人には頭に浮かんだメロディーを五線譜に書き留める能力がない。自分が「作曲」した曲とあまりに違う曲が登場した場合、作者が拒絶反応を示すのは当然である。

ゲーテが気に入った「魔王」の作曲者がいたように、 Hermann Allmers にも気に入った付曲があったとされている。私が持っている本では、Gerhard Focken という人物であるが、彼の付曲は素人くさくて、まったく忘れられているとのことである。生没年も不明であった。いくらweb検索しても音楽とは結びつかないこの名前、いえることは、ニーダー・ザクセンに集中しているということである。

私の憶測は、 Gerhard Focken は Hermann Allmers の同郷の取り巻きの一人であり、ニーダー・ザクセン固有の文化を共有する人であり、それゆえに Allmers が納得したのではないだろうか。

Hermann Allmers Gesellschaft のサイトは彼について何もふれていない。忘れられたというより、Allmers の芸術家としての名誉を守るためか、伝記から削除されたのである。

それどころか、彼が嫌ったブラームスの Feldeinsamkeit の自筆原稿のファクシミリ版を一部 € 20でおみやげとして売っている。墓に眠る Allmers がどう思っているか知らないが、いずこも「民営化」のご時世といことであろうか。


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