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10月1日に投稿したスティーブンソンの詩は彼の Songs of Travel に収録されているものである。人気はあったようで、1904年にボーン・ウィリアムズが付曲している。今日あるサイトで知ったのだが、そこの掲示板でお爺さん(65歳くらいかな)が「スティーブンソンの詩とは知らずに小学校で歌っていた」と述べている。文部省唱歌のようなものか、でもイギリスに検定教科書があったのかな。女の先生が熱心に教えたそうである。
話がそれるが、私はドイツのビアホールで「菩提樹」を歌って、全員が唱和してくれた体験がある。保証の限りでhないが、イギリスのパブでこれを歌ってみられてはいかがであろう。お爺さん世代で唱和してくれる人がいるかもしれない。もちろんグリーンスリーブスが無難である。エルガーの「威風堂々」と第二のイギリス国歌の座を争っているのだから。
興味のある方はアマゾンで立ち聞きされるといい。それほど気前のいい「試聴」ではないが、その1番がウィリアムズの歌である。
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「宝島」の作者で子供のための詩集を出したスティーブンソンであるが、この詩もネイティブにわかりにくいところがあるようだ。私も分からずに日本語にしておいた。以下は第3詩節であるが、このうち4行目の Biting the blue finger が、あるネイティブにも分からないとのことで、内心ほっとした。
Or let autumn fall on me
Where afield I linger,
Silencing the bird on tree,
Biting the blue finger.
White as meal the frosty field -
Warm the fireside haven -
Not to autumn will I yield,
Not to winter even!
クラブのメンバーの一人の意見では寒くて鳥も沈黙し、指も寒さで血色が悪くなったのだろうという解釈である。皆さんはどう思われるだろう。
シューベルトについても不明である。スティーブンソンはこの詩集でディアベリの歌曲にもよせている。私は To an air of Schebert の To を寄せてと訳したが、この To は敬呈の To かもしれない。だからこの詩の内容と近いシューベルトの曲をあれこれ連想しても仕方がないのかもしれない。「冬の旅」の作曲者シューベルトに捧ぐというぐらいの意味しかないのかなとも思うようになった。
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