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今日は「母の日」である。ただしイギリスの「母の日」である。今日はレントの第4日曜日である。キリストの受難にちなんで長い禁欲的な生活を送ってきた人々にとってようやくレントの中間点にさしかかったところである。ちょっと息抜きをしたいところだが、イギリスの教会もそれを大目にみた。イギリスの昔の「母の日」は日本でいえば、奉公人の藪入りといったところであろう。ただし、イギリスの奉公人、とくに女の子は年に一日だけ里帰りして母親の顔を見ることが出来た。
これを mothering といい、今日は mothering sunday である。移動祝祭日の復活祭に連動するので、移動祝祭日である。またレントの中間点であるので midlent ともいう。アメリカで出来た「母の日」も5月の第2日曜日であるから、移動するが、移動の幅はずいぶん違う。イギリスの「母の日」は教会歴を調べないと分からない。
The English Year によれば、このイギリスの mothering sunday は10歳になるとすぐに奉公に出た、つらい昔の習慣であるから、労働者の待遇改善が進むに連れて廃れてきたそうである。しかし第二次大戦中に連合国のアメリカ兵が一緒にナチス・ドイツと戦うためにイギリスにやってきた。彼らがアメリカ式の「母の日」を派手に祝うのに影響されてイギリスでも「母の日」が復活したそうである。
だがその日の性格は昔からのイギリス式の「母の日」とは違ってきたようだ。アメリカの「母の日」はお母さんのための日である。イギリスの「母の日」は本来お母さんに会いたくて仕方のない子供たちのための日だったのである。
このアメリカ兵がやってきた頃を思い出して、あるお婆さんが証言している。彼女のお母さんは、アメ公(Yanks)のけばけばしいやり方が気に入らなくて、昔を懐かしんでいたそうである。そこで彼女は弟と桜草を摘み、お母さんと一緒に、田舎の教会(ドーター・チャーチ)ではなく、町の大聖堂(マザー・チャーチ)に出かけてお祈りをし、帰ってから家族団らんを楽しんだそうである。
イギリスの古い時代の「母の日」にはシムネル・ケーキというフルーツ・ケーキを作ったそうである。典型的なのは上にあるケーキで11個丸いのがのっている。11個というのはキリストの12人の弟子から裏切り者ユダを除いた数である。すなわちイギリスの「母の日」はあくまでもキリストの受難に関係した宗教的な日であり、軽薄なアメ公たちの「母の日」ではないというのである。
本当だろうかと思って、イギリスのヤフーやらの「母の日」商戦を覗いてみたが、それほど宗教的とは思えない。私はアメリカの「母の日」の商戦を知らないのだけれど、イギリスでもグローバル化すなわちアメリカ化が進行しているように見える。私の思い込みぁもしれないが。
http://www.lastminute.com/site/deals/mothers-day/product_list.html?CATID=102822
アメリカの海兵隊が侵攻、あるいは駐屯する国々で、アメ公に反発しながらも、アメリカ文化はコカ・コーラとともに普及していく。今日は5月の第2日曜日ではないが、イギリスの「母の日」セールはアメリカ的ではないだろうか。イラクでもキリスト教的ではないアメリカ式の「母の日」が普及するのではないだろうか。
最後にレシピはあるが、セールの目玉商品ではなくなっている「シムネル・ケーキ」の古い詩を参考にしよう。解釈はいろいろあるかもしれないが、下の詩は、地主の奥さんが、行儀見習いというか、女中奉公の娘にシムネル・ケーキを恩に着せて持たせて帰すときの話と解釈するのが妥当であろう。娘にはケーキを作ったり、買って里帰りするような時間的・経済的な余裕はなかったはずである。これは地主からの格別のご高配だったのである。この時代の人々の生活が偲ばれる。
I’ll to thee a Simnell bring
‘Gainst thou go’st a mothering,
So that, when she blesseth thee,
Half that blessing thou’lt give to me.’
Robert Herrick 1648
言葉の配列を変えて現代的な英語に直してみた。
I will bring you a Simnel
Until you go a-Mothering,
So that when she blesses you,
You will give me half that blessing.
訳は
お前さんが里帰りするまでに、
シムネル・ケーキを渡してあげるわ。
お前さんがお母さんから感謝を受けとったら、
その感謝の半分は私のものだからね。
ロバート・ハーリック
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