ヘ短調作品34

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ローダーがクリムトの肖像画に新記録の1億3500万ドルを払った。

キャロル・ホーゲル記者

1907年のグスタフ・クリムトの金箔まばゆい肖像画を化粧品成金のロナルド・S・ローダーがマンハッタンのノイエ・ガレリエのために1億3500万ドルを支払った。絵画に支払われた史上最高金額である。

アデーレ・ブロッホ・バウエル、ユダヤ系の製糖業者の妻であり、ウィーンの有名なサロンの女主人の肖像画は画家の傑作の一つとされている。長年、オーストリア政府とブロッホ・バウエル夫人の姪の返還請求の焦点となっていた。夫人は第二次大戦中ほかのクリムトの作品4点とともに、ナチに奪われたと主張していた。一月に5点すべてがロサンジェルスに現在住んでいる今年90歳になるマリア・アルトマンと一族のものになった。

売買にまつわる秘密協定により、ローダー氏は価格の公表は禁じられているが、取引に近い専門家は匿名を条件に述べたところでは、ローダー氏はこの作品に1億3500万ドルを払った。電話インタビューでこの絵に記録的な値段で買ったことを否定はしなかった。これはピカソの1905年作の「パイプを持った少年(若き弟子)」の2004年のサザビーのオークション価格1億410万ドルもしのぐものである。

「われらのモナリザでね」とローダー氏は言った。彼は5番街と86番通りの角にある創立後5年経過したばかりの小さなノイエ・ガレリエの創設者であり、すべてドイツ・オーストリアの美術・工芸品の展示をしている。彼によれば、クリスティーが購入の手助けをしてくれたそうである。

過去60年間、この絵はウィーンのベルヴェデレ宮殿のオーストリア美術館で、クリムトのもう一つのアール・ヌーヴォ時代の傑作、金箔画「接吻」の近くで展示されていた。曲線と細部が込み入っている「アデーレ・ブロッホ・バウエル I」はモデルの夫であるフェルディナンド・ブロッホ・バウエルが注文した。ブロッホ・バウエル夫人は髄膜炎で1923年に43歳で死亡した。彼女の遺言によれば、夫婦が所有するこの絵とクリムトの他の4点は夫の死亡によりオーストリアに残されることを要求している。しかし1938年3月にドイツがオーストリアを併合したとき、ブロッホ・バウエル氏は彼の財産すべてを残して国外に脱出した。ナチ政府は彼の財産を没収し、絵の3点をオーストリア美術館におき、残りは売却した。ブロッホ・バウエル氏は死亡する前、戦時下の生活をスイスで送り、以前の遺言を撤回し、新しい遺言を書いた。彼とアデーレには子供がなかったので、彼は全財産を弟グスタフの3人の子供、ロベルト、ルイゼ、マリアに残した。


この三人のうちマリア・アルトマンはまだ生きている。彼女と夫のフリッツはオーストリアを脱出し、1942年にロサンジェルスに住み着いた。彼女には姪が一人、甥が二人あり、ロベルトの二番目の妻の従兄弟も生きている。

金曜日の電話インタビューでは、アルトマン夫人は以前アメリカのオーストリア大使であったローダー氏に数年前会っており、彼女自身2001年にノイエ・ガレリエが開館されたときここを訪問している。

「ローダーさんはオーストリアに理解があり、クリムトが大好きでした」と彼女は言っている。さらに彼女も親戚もクリムトが描いた伯母の絵を持つ必要は感じていないと述べた。子供の時から伯母を憶えているが、九歳の時に死亡している。

アルトマン夫人と親戚がこの絵を持っているのは、不屈の忍耐の物語である。戦後、一族は盗まれた財産、絵画、磁器、邸宅、ブロッホ・バウエル氏が創設した製糖会社を取り戻そうと努力した。美術品の多くはヒトラー、ヘルマン・ゲーリンクそれにナチの幹部であるラインハルト・ハイドリヒはプラハ郊外にあるブロッホ・バウエル氏所有の夏の別宅を占拠していた。

相続人は一部作品を取り戻したが、オーストリア当局はブロッホ・バウエル夫人の遺言ではクリムトはオーストリアに譲るとしてあると裁定した。最初の文書がみられぬまま一族は訴訟をおこせなかった。

1980年代の半ばまでにジャーナリストが返還請求を調査し始めた。ボストン・グローブの訴訟を調査していたフーベルトゥス・チェルニンがブロッホ・バウエル夫人の遺言状を含む文書を見つけた。遺言状はクリムトの作品がオーストリアのものになることを希望していたが、要件とはしていなかった。

2000年にアルトマン夫人と他の相続人アメリカ合衆国でオーストリア政府に訴訟を起こした。オーストリアは訴訟の却下を求めてあらそい、最終的にはアメリカ合衆国最高裁に持ち込まれた。最高裁は2004年6月にアルトマン夫人は合衆国でオーストリア政府に訴訟できるとの判断を示した。

一月にオーストリアの調停でアルトマン夫人と他の相続人にたいして有利な決定がでた。「アデーレ・ブロッホ・バウエル I」以外にも1911年のアデーレの二枚目の肖像画、3枚の風景画、1903年作「ブナの森」、1911年頃の「リンゴの木 I」、1916年作の「アッテル湖畔のウッテラッハの家」が返還された。調停成立後、ブロッホ・バウエルの相続人の弁護士であるスティーブン・トーマスによれば、作品に対して関心のある世界中の美術館や収集家から問い合わせがあった。

アルトマン夫人はローダー氏に格別好意的であった。一族の返還請求の年月をとおして、彼は彼女と連絡を保ち、彼にできることならなんでも援助してくれた。「彼は信じられないくらい親切で、つねに支援してくれました。」

4月にアルトマン夫人と他の相続人は絵画をロサンジェルス郡美術館に貸し出し、6月30日まで展示された。その後5点の作品はノイエ・ガレリエに移動し、グスタフ・クリムト、フェルディナンドとアデーレ・ブロッホ・バウエル収集の5点は7月13日から9月18日まで展示される。

アルトマン夫人によれば、伯母の金色の肖像画がノイエ・ガレリエにおかれたら、一番ふさわしい場所と思うだろうとのことである。クリムトが3年の歳月をかけて描いた絵は、伯母の神秘的な目つきで、肉感的な赤い唇、ゆがんだ指を隠すように手を曲げ、貴族的なポーズをとっている。背景とアデーレの衣装にはふんだんに金を使っている。ウィーンの美術史家や歴史家は画家とブロッホ・バウエル夫人は恋仲だったと思っている。

アルトマン夫人は「彼女がにこりともしなかった」と金曜日のインタビューで回想している。「彼女はいつも堅い表情で、流れるような白のドレスを着、女が喫煙するのが珍しい時代に金色のシガレット・ケースを持ち歩いていました。彼女は新しい女でありたかったのです。大学に行き、政府の仕事にも関わりました。」

ブロッホ・バウエル夫人はパーティーをよく開くので有名だった。芸術家や政治家、知識人に取り囲まれていた。その一人がリヒアルト・シュトラウスだった。アルトマン夫人によれば、「私のお母さんのような貴婦人のためにお茶の集いを催すことはありませんでした。彼女の趣味ではありませんでした。」

彼女の話によれば、アデーレはアルトマン夫人の母親とは親密だったが、ときには彼女はテレーゼを憎んでいた。テレーゼには丈夫な子供がいたが、アデーレは三度も出産でみじめな体験をしていたからである(一人は三日後に死亡し、二人は数時間後に死亡している)。

彼女の記憶では、彼女は母親にクリムトと伯母との恋愛関係の噂についてきいたことがある。「母はカンカンになって怒り、『なんてことを訊くの?知的な友人関係よ』と言いました。」「でも私にはロマンスはありえたとおもう。」

クリムトは1918年に死亡しているが、当時アルトマン夫人よちよち歩きだった。彼女が聞いた記憶では、クリムトは、床に届くくらい長い上っ張りを着てその下にはなにも身につけてなかった。アデーレがクリムトの七年後に死んだあとで寝室であった場所に一種の祭壇を設けられた。「クリムトの絵はいつも寝室にありましたが、死んだ後、ベッドは撤去され、いつも花がそなえらていました」とアルトマン夫人は述べている。

他の4点にかんしては、総額1億ドルするであろう専門家は見積もっている。この4点の今後についてはきまっていないし、アルトマン夫人によれば「わたしが決めることでもありません。」「おそらくノイエ・ガレリエの展示が終わった後、クリスティーに持ち込まれるでしょう。私は美術館に行くことを希望しています。でも現在のところ、ノイエ・ガレリエにあるのでうれしいのです。ノイエ・ガレリエはこの絵の展示にふさわしいのです。これ以上の場所は望めません。」


絵はアデーレ・ブロッホ・バウエル I

改ざん「バラ賛歌」

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ブラウニング夫人とサイモンズの伝サッフォー作を紹介したが、サイモンズ訳を改ざんしてみた。内容的にサイモンズと同じで、新味はない。韻遊びも比較的安易な連想に頼り面白みに欠けるが、まだまだありうることをしめしたかった。ただし行数は1行減り、16行の詩になった。

自分でも首をかしげる部分もないわけではないが、今日のところは勘弁願うことにしよう。たとえ伝サッフォー作を正確に読んで直訳したところで韻文が成立するわけはない。ブラウニング夫人もサイモンズもずいぶん英語の都合で話を作っている。わたしもボッチチェリの絵でも見ながら、大幅に話をでっち上げたかったが、どうも齢とともに想像力が衰えているようだ。


The Praise of Rose


If Zeus had asked me
Who among flowers should ascend the throne,
I would have answered that the rose stood alone.
Enthroned she must be!


When she appears in royal array,
All other flowers shy away.
While the rose rules
She will never be usurped even by jewels.


Nay, she is the picture of beauty.
In summer air fruity!
Her breath is as fresh
As Cypris fair flesh.


Her petals are twined
Into a pink and green wreath,
For Cupid sleeping beneath
Or for gentle west wind.



もしゼウスの神がわたしに
花の中で誰が玉座にのぼるべきかとたずねたら、
わたしはバラにかなうものはいませんとこたえただろう。
彼女こそ玉座につくべき花だ。

彼女が王家にふさわしい衣装で登場したら
ほかの花はみな恥じらう。
バラが支配するとき、
宝石といえども玉座を奪えない。

香り高き夏の大気の中で
いや、彼女こそ美そのものだ。
彼女の吐息はアフロディテの
肢体のように新鮮だ。

彼女の花弁は織られて
ピンクと緑の花の冠となる。
下に眠るキューピッドと
優しい西風のために。

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