ヘ短調作品34

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1億3500万のクリムトの肖像画の豪華な背景
ウィリアム・ブース記者(ワシントン・ポスト)
6月20日

ロサンジェルス、6月19日 ―― ウィーンのユダヤ系の社交界の名流夫人アデーレ・ブロッホ・バウエルの光り輝く、謎めいた金色の肖像画には長い旅路であった。この作品はナチの美術品略奪のなかでもっともセンセイショナルなものであった。  ――  現在1907年作のグスタフ・クリムトの絵はようやく安住の地を見つけた。

個人の収集家にではなく「絵が美術館に収まることになったのは、相続人と伯母アデーレ・ブロッホ・バウエルにとり意義深いことです。」とブロッホ・バウエルの姪のマリア・アルトマンはのべた。彼女は現在90歳でロサンジェルスの衣装販売員であったが、化粧品成金の億万長者ロナルド・L・ローダーたちが支払ったとされる記録破りの1億3500万ドルの相続権者の一人である。

「アデーレ・ブロッホ・バウエル I」と題されるこの作品ローダーのニューヨークにあるノイエ・ガレリエの看板になるものである。ノイエ・ガレリエは1666の作品を所蔵する小さな美術館で、1890年から1940年までのドイツ・オーストリアの美術を集めている。ノイエはドイツ語のニューを意味し、画廊は中部ヨーロッパの絵画・工芸品におけるモダニズムの足跡をたどっている。

「この作品はこの画廊を訪れる人々のお目当てになるのはまちがいありません」と美術館の館長代理のスコット・ガターマンは述べた。画廊には年間20万人の入場者があるが、「この数字はのびるものと期待しています。」

現在旅行中のローダーからはコメントが得られなかったが、エルサレム発のAPに語ったところによれば、この肖像画は「なんとしても欲しかった絵」であった。驚くべき絵で、「美しさと力強さで圧倒されてしまいますよ。」

クリムトの金箔と油彩の肖像画は世界でもっとも目立つ作品の一つで、ポスター、コーヒー・マグ、キー・ホールダー、コースター、Tシャツ、はては木靴にまで複製されている。

明らかに見る人に訴えるのは、アデーレの態度や仕草、秘密の愛人だったかもしれない、ユダヤ系の砂糖王の妻を包み込んだクリムトの作風である。黄金の幾何学模様、開いた目とアーモンドの形等のエジプト風アイコン、ノイエの伝承によれば「性的な含意」があるとされる。ノイエ・ガレリエの館長、リネー・プライスは文書で述べている。当美術館におけるクリムトの肖像画は、パリのルーブルのダヴィンチの「モナリザ」にもたとえられる。たしかにある意味で、二点の作品は謎めいた性格で共通しており、二人の女性が何を考え感じているのかを見る人に考え込ませる。

秘密の協定により、弁護士、画廊、相続人は記録的な売却値段の公表を拒んでいる。ニューヨーク・タイムスは「取引に近かった専門家」の話として、この作品は1億3500万ドルになったと報じている。ワシントン・ポストとの会談でもだれも否定はしなかった。

この数字はブロッホ・バウエル夫人の肖像画はかって売却された一枚の絵でもっとも高いものである。1905年のパブロ・ピカソ作「パイプを持った少年(若い弟子)」の2004年のサザビー・オークション価格1億410万ドルをしのぐものである。62歳になるローダーの財産はフォーブスの推定では3月現在27億ドルである。アッパー・イースト・サイドの美術館のために共同購入者もいるが、大半は彼が支払ったものである。

「これは恐るべき物語のものすごい結末だよ。相続権者は公正な価格を受け取り、絵は一般の人の目に触れるわけだ」とE.ランドル・シェーンベルクは言った。彼は7年間の法廷闘争に勝った弁護士である。彼が勝訴するとは、オーストリアがアデーレ・ブロッホ・バウエルの肖像画と4点のクリムトの絵の返還に応ずると信じる人はほとんどいなかった。

相続人の売却を交渉した弁護士スティーブン・トーマスによれば、5つの美術館と10人の収集家がかいたがっていた。ローダーとノイエ・ガレリエが、永久に一般展示されることと、オーストリア美術との脈絡において展示されるという意味で勝ちを収めたといった。トーマスによれば、「相続人の受け取り価格は公正なものだと思う。」「だが個人の収集家に売ればもっと金になったし、オークションにだせばもっと高額になっていただろう。」

クリムトは3年を掛けてアデーレ・ブロッホ・バウエルの肖像画を描き上げた。注文したのは彼女の夫フェルディナンドである。完成後は、ウィーンの二人の邸宅に飾られていた。クリムトは1918年に死亡した。アデーレが1925年に髄膜炎で死亡する前に、クリムトの絵は夫婦が死亡した後はオーストリア美術館に寄贈したいむねを述べている。しかし、アデーレはヒトラーの台頭、ナチのオーストリア併合、ホロコーストを知るよしもなかった。フェルディナンドがスイスに逃れ、1945年に死亡している。彼は遺言状を書き換えたが、そのときにはナチは二人の邸宅、製糖工場、磁器のコレクション、クリムトの絵を取り上げた。クリムトは結局ウィーンのベルヴェデーレ宮殿のオーストリア美術館にクリムトの「接吻」の近くに展示された。

ナチに盗られた美術品を返却するというオーストリアの法改正と合衆国最高裁のマリア・アルトマンおよび相続人は合衆国で訴訟をおこせるという判決の結果、この件はウィーンで審理され、調停陪審団は一月に、これらの絵は不適切な手段で獲得され、返還すべきであるという判断した。

オーストリアは5点の絵画を購入することもできたが、約3億ドルである。オーストリア文化相は国にはそれだけの財政的余裕がないと述べた。昨日、ウィーンの美術愛好家はこの絵の売却を嘆き、当局がみすみす他国にこの絵を流出させたことを非難した。当地の大きな現代美術の美術館長であるルドルフ・レオポルドは「ローダー氏の値段は高すぎる」といった。

4月以来この絵はロサンジェルス郡美術館で展示され、週平均9000人の入場者があった。美術館は寄付金で購入する団体を結成した。「五点とも購入するつもりだったのよ」と当美術館の幹部学芸員であるステファニー・バーロンは言った。バーロンはローダーに対抗できる美術館はまず無いでしょうと述べた。彼女によれば、「目のくらむような金額です。」

億万長者エリ・ブロードは現代美術を所蔵するために、このロサンジェルスの建物を5千万ドルの金を掛けて提供したが、「美術館の建物だけでそれだけかかるのよ」とバーロンは言った。さらにバーロンは、「絵がロスから出て行くのを見送るのは悲しいけど、この作品とこの当時のドイツ・オーストリアの作品を評価する、合衆国の美術館に行くのだからまあよかったわ。」

マリア・アルトマンの息子ピーターは言うには、相続人は売却の結果に完全に満足しているわけではないが、「母はいつも正しいことをしてきた。」ノイエ・ガレリエがこの絵にまつわる話を尊重してくれるでしょう ―― 喪失と帰還 ―― 旧世界から新世界への旅を。「私どもはよかったと思っている」、「よかった」と彼は言った。

相続人たちは4点のクリムトについては決めていない。4点は7月13日から9月18日まで開催される展覧会のためにノイエ・ガレリエに貸し出される予定である。


絵はアデーレ・ブロッホ・バウエル II

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