ヘ短調作品34

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印象派とドレフュス5

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さてバジールのアトリエの右半分はすべて1894年までに死亡している。残る左半分、モネ、ルノアール、ゾラは生きておりその態度はわかっている。

なによりも一番左端に腰を下ろしている人物は分かりにくいがゾラとされる。ゾラはそもそもユダヤ人に対する冤罪事件を大々的に取り上げて国論を二分する大論争に比をつけた人物である。

事件の背景としては普仏戦争で敗北し、重要な地方であるアルサス・ロレーヌ地方をドイツに取られ、莫大な賠償金を課せられたフランスは経済的に疲弊していた。軍部は国民にドイツ報復をあおっていた。一方ユダヤ人はフランス金融界を支配していた。国民の零細な金を集めて海外投資を行っていたが、金融恐慌で、多くの人が金を失った。庶民の恨みはドイツとユダヤ人に向けられていた。

そこで起きたのがユダヤ人ドレフュス大尉がドイツ大使館に軍事情報を漏らしたとされる事件が起きた。これをかぎつけた反ユダヤ主義を売り物にする新聞が大々的に取り上げ、あることないことユダヤ人を中傷する記事で売り上げを伸ばした。

軍部はドレフュス大尉を反逆罪で終身刑にして悪名高いフランス領ギニアの通称「悪魔島」に送った。

この頃すでにゾラは文学者として成功していたが、危険を冒して、この軍部のいい加減な裁判にたいして「私は弾劾する」と題する新聞記事を書いた。その後色々あって最終的にドレフュス大尉が無罪になって名誉を回復し、軍籍に復帰したのは1906年のことである。すでにゾラは事故死した後のことであった。

この問題について要領の良い記事はウェッブにいくつもあり、本格的には大仏次郎「ドレフュス事件」がある。なぞが多いがはっきりしているのはドレフュス大尉が無実であったことである。

ゾラはマネの擁護者であるが、印象派の画家たちの新しい試みを応援していた。彼の行動は前衛画家である印象派の人達に完全に支持されたと思いたいが、必ずしもそうではなかった。


上の絵はマネが描いたゾラの肖像

秋来ぬと

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Who Has Seen the Wind?

Who has seen the wind?
Neither I nor you.
But when the leaves hang trembling,
The wind is passing through.

Who has seen the wind?
Neither you nor I.
But when the trees bow down their heads,
The wind is passing by.

Christina Georgina Rossetti


秋来ぬと
目にはさやかに
見えねども 
風の音にぞ
おどろかれぬる

クリスティーナ・ロゼッティ

藤原敏行訳

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