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ニューヨーク・タイムズに載った映画「ダヴィンチ・コード」の制作過程を取材した記事の全訳である。この小説読んだこともないし、ルーブルにも行ったことはない私が誤訳を免れることは至難の業である。映画俳優もトム・ハンクスという名前だけは聞いたことがあるが、顔は知らない。「ない、ない」づくしで申し訳ないが映画の内幕は興味をそそった。間違いを指摘いただけると幸いである。
記事は5月7日付けの "For Heaven's Sake, Don't Touch the Mona Lisa" という記事である。
厳しい条件下でルーブルで撮影した様々な話題が書かれてある。
≪ルーブルは静まりかえっていた。照明は暗く、監視カメラは作動していた。グラン・ギャラリのイタリア・ルネッサンスの傑作も暗がりの中の形にすぎなかった。隣接する サル・デ・ゼタ( Salle des États )ではレオナルド・ダ・ビンチの『モナ・リサ』が一人微笑んでいた。午後11時過ぎ間もなく、足音が聞こえ、一人の美術館の幹部が現れた。
ルーブル美術館の館長アンリ・ロワレット氏は白子のオーパス・デイの修道僧には射殺されずにちゃんと生きていた。でも他は「ダ・ヴィンチ・コード」の出だしと何もかもそっくりである。事実、昨年の七月には、ヨーロッパ最大の美術館の内部でダン・ブラウンのベストセラー小説の撮影が始まったが、裸の死体がそのあたりで寄せ木細工の床に転がっていたのである。
5月17日のカンヌ映画祭の幕開けに上映される、この待望の映画は5月19日(日本では5月20日)に全世界で一斉公開される。ルーブルがスポットライトを浴びるのは今に始まったことではない。小説の人気で、昨年のルーブル入場者数は記録的な750万人に達し、ロワレット館長は今年はさらにそれ以上の入場者数を見んでいる。
とくに美術館の機構やパリの地理にかんして、小説には間違った箇所が出てきたので、この由緒あるルーブルが、制作費1億2千5百万ドルのハリウッドの大作に賃貸しするにかんして、すべてのフランス人が適切と思っているわけではない。ルーブルのアパートで家族と一緒に住んでいるロワレット館長はへっちゃらであった。
「ここで撮影があったのは始めてではない」と、この四月のある木曜日の夜に930フィートのグラン・ギャラリを歩きながら彼は言った。警備員が二人護衛にあたっていた。「ソフィー・マルソー主演の『ルーブルのベルフェゴールの幽霊』はここで撮られている。他にもあるが、これほどの大作は未だかってなかった。筋書きが複雑で、準備が大変であったが。順調に進んでいるよ。」
ルーブルが金を受け取ったのは当然であるが、その金額については、美術館側も制作者も公表を拒否している。さらに厳格な条件が設定され、およそ20名以上の学芸員や警備員が動員され、作品が大切に扱われるよう見守った。開館時間内の機材の持ち込みは禁じられた。ということは夜を徹して撮影され、窓越しの『月明かり』は外部からの照明である。さらに注意して、作品に触ったり、直接光があたらないように、機材は絵から安全な距離を保たねばならなかった。『血』や神秘的な印が床にしるされることも、制作者のメンバーは飲食も禁止された。
レオナルドのこの小さな油彩画がヴェロネーゼの巨大な『カナの婚姻』を見つめているサル・デ・ゼタでの『モナ・リサ』の直接の撮影はもちろんありえない。
しかしハワード監督は不平をこぼしてはいない。「これらの制限は撮影にはキツイが、全体的には理解できる」とニューヨークからの電話インタビューで述べている。「ルーブルでの仕事は完了している。最初、学芸員は幾分神経質だったが、われわれが約束通りに行動していることを理解してくれたよ。口論になることは只の一度もなかったし、好意的だったよ。」
最後に、照明の禁止すら、絵画に予期しない効果をだしたと彼は述べている。理由は「極度に低い輝度に
より、非常に神秘的で、不気味で、実にぴったりの雰囲気がでたからね。」「カメラを作品に向けると、作品自ら現れたかのようだった。創造的でありがたいことだったよ。」
幻想と現実が入り混ざった小説を脚色する場合、原作の100ページ以上を、原作通りのセッティングで撮影できれば大成功である。まずは、ジャン・ピエール・マリエール演ずる、原作の学芸員ジャック・ソニエールがルーブルのデノン廊を走り回り、ポール・ブリッタニー演ずる白子の修道僧シラに射殺される。
マリエールはカラバッジオの『処女マリアの死』を引き裂いて鉄の門を下ろすはずだったが、それは許されなかった。真相は鉄の門がそもそもなかったのである。
それはそうでもよい。ポイントは、3人の映画スターがグラン・ギャラリで顔をそろえる場面である。シンボル学教授ロバート・ラングドンのトム・ハンクス、暗号解読者でソニエールの孫娘のソフィー・ヌヴーを演ずるオドレイ・トトゥ、ベズ・ファーシュ警部を演じるジャン・レノ、全員がレオナルド、ラファエロ、ティッツィアン、ティントレット、カラバッジオ、その他大芸術家と同じ会に所属している。
さらにルーブルの他の場面が使われている。まず堂々たる中庭、クール・ナポレオン、I. M. ペイの有名なガラスのピラミッド、これが美術館の入り口になっている。ストーリーの結末のために、カルーセル・ド・ルーブルのショッピング・モールの中にある逆さのグラス・ピラミッドである。
これらが一晩6時間で撮影してしまおうという場面の数々である。ハワード監督はルーブルの端から端まで走ったと述べている。そんなときでも、芸術に圧倒される瞬間があった。
「トム・ハンクスと私がたまたま『モナ・リサ』の前に立っていた」時を彼は回想している。「警備員が一人いたけど、われわれ二人だけで、他には誰もいなかった。お互い顔を見て言ったものだよ。『スプラッシュ』のために水面下の仕事、アポロ13号の無重力状態のためにすべてやったものね。大冒険だったよ。でもわれわれの人生のこの瞬間、それらの体験と今回の仕事は同じぐらい価値があったよ。素晴らしかった。」
撮影のメンバーがいなければ、四月の夜の美術館のムードはさらに静寂であったろう。館長は子供の頃足繁くルーブルに通い、ツアーの夜警に加わったことを思い出す。今、『モナ・リサ』の前に立ち止まった後、彫刻陳列館に向かった。階段の頂上に入場者のお気に入りの『サモトラケのニケ』が暗闇の中でまるで頭部のない巨大な鷲のように舞っている。
映画制作には、ルーブルでかなり残された撮影をロンドン郊外のパインウッド・スタジオでさらに2週間かけて行われた。ここではじめて、監督はソニエールが血を流してカラバッジオ(原作の小さなコピー)をひったくるシーンを見せる。またここでは、ソフィーがレオナルドの『岩窟の聖母』の背景から浮かび上がった鍵と『モナ・リサ』のガラスの秘密の文字を発見する。二つともここでの撮影のために模写されたものである。
その他の主要なパリのロケ地である、聖スルピス教会の光景は想像する他はない。この小説での『聖盃伝説』の話では、修道僧シラが手がかりを掘り当てたのはこの教会である。2年前のことであるが、この小説はフランスですでに大ヒットしていた。この教会は突然有名になったことにたいする不快の念をフランス語と英語で表明する文書を出した。そしてまだその文書は残っていた。
「最近のあるベストセラー小説の主張は事実ではありません。当教会はかって異教寺院であったことはなく、ここにそのような寺院は存在しませんでした。」
そこで映画制作者は教会の内部を撮らしてもらえずに、外部だけを撮ることにした。映画制作に協力的で
あったのは、オリバー・ス・デッカーである。彼はカリフォルニアの不動産業者であり、17世紀のシャトー・ド・ヴィレッットを所有しており、ここがイアン・マッケラン演ずるエクセントリックなイギリスの歴史学者サー・リー・ティービングの住居になった。
筋書きが進行するイギリスでは、たしかに視覚的に納得できるものでなければいけない。イギリスでは、ロンドンにある12世紀のテンプル・チャーチとスコットランドの村ロスリンにある15世紀のロスリン・チャペルで撮影できた。両方とも映画の筋書きに大事な場面である。
「だがウェストミンスター寺院は内部の撮影を断られてね」と監督は述べた。サー・アイザック・ニュートンの墓にまつわる重要なシーンがある。「そこでニュートンの墓をつくり、リンカーン大聖堂で写したよ。大聖堂は同じ頃に建てられているので、うれしいことにそっくりだった。」
高位聖職者にしてみれば、小説の前提 ― イエスがマグダラのマリアと結婚し、一子をもうけた ― がそもそも我慢ならない。案の定、この映画の上映を前にして、カンタベリー大僧正、ローワン・ウィリアムス博士は、先月のイースターの講話で、この小説は「金銭目当てのデタラメ」であると述べた。一方、ヴァティカンの高官、アンジェロ・アマート大司教は、この映画のボイコットを呼びかけ、小説を「おぞましくも反キリスト教的」と決めつけた。
ルーブルにとってみれば、そんなことは問題ではない。
ロワレット館長は「スリラーでしょう」と言った。
ソニエールが75才でなお勤務しているという話も受け流した。フランスの学芸員は65才で定年である。ルーブルに不正に進入した者は ― シラのように ― すぐに発見されると確信している。そして、重い額縁に納まった8x12フィートのカラバッジオの『処女マリアの死』の前に来たとき、小説では、老人がこれを地面にたたきつけたことになっていると言うと、非常に面白がっていたようであった。
ということは、彼は本をまだ読んでいないということであろうか?
ちょっぴり困った顔をして、彼は言った。「実は、この映画は大評判だけれども、読んだかどうか聞かれたときには、いいえと言い、それ以上言わないことにしているのでね。もし読んだといったら、感想や動機をきかれますよ。だから、いいえと言った方が楽でしょう。」
彼は立ち止まり、長いグラン・ギャラリを眺めた。
「でも映画は見に行きますよ」と微笑を浮かべて彼は言った。≫
後記:モナ・リサより映画のシーンの一部をかいま見たい方は下記をどうぞ。死体が転がっています。
http://www.nytimes.com/2006/05/07/movies/07ridi.html
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