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バイロイト第一日
ビロードのロープの後ろで
アンソニー・トマシーニ
ニューヨーク・タイムス 7月27日
バイロイト ― 水曜日、バイロイトでの私の最初の一日は、有名なワグナー音楽祭で新演出の「ニーベルンゲンの指輪」を聴くことにある。まず朝は「ヴァーンフリード」に直行した。この堂々たる二階建ての石の建物は、1870年にワグナーのために建築された。私は少し遅れて「ヴァーンフリード」の裏手の緑の公共の土地に到着した。ここにワグナーと妻コジマが葬られている。犬もここに葬られ、墓石がある。
毎年夏になると、ワグナーの墓標の前の儀式とともに音楽祭は開幕する。今回、バイロイト音楽祭合唱団と合奏団のブラス部門がモーツアルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」とワグナーの「タンホイザー」の合唱を演奏した。「ヴァーンフリード」は「平和の夢」とでも訳そうか。ここは1945年の連合軍の爆撃で甚大な被害をこうむった。今日念入りに再建され、この家は展示館になっている。音楽室ではコンサートが催される。黒っぽマホガニーのシュタインウェイがあるが、1876年の第一回ワグナー音楽祭を祝して、シュタインウェイ社から贈られたものである。
「ヴァーンフリード」を出るとき、10代のドイツの男の子が10代の女の子の気をひこうと、代わる代わる建物の前庭にある芝をしきる刈り込んだ生け垣を飛び越えていた。爽やかな光景であった。バイロイトに向けられる非難は、音楽祭が宗教になってしまい、オペラ劇場が神殿になっているというものである。もちろん、これはすべてワグナーから始まったことである。彼は自分の二つの情熱、神話と芸術を合体させ、芸術の宗教「クンスト・ミュトス」にした当事者である。
これに対する私の反応は複雑である。われわれにとっては、芸術は宗教のようなものである。音楽祭の宗教的装飾や儀典 ― 聴衆は硬い、肘掛けのない椅子に早くから腰掛け、咳も聞こえない ― にもかかわらず、芸術がかくも厳粛に扱われるところで、思弁的な任務を体験することには、ある満足感をおぼえる。
一方で、宗教はすべての人に開かれたものではないだろうか?この音楽祭は世界で最も排他的である。世界的なオペラ劇場と同列でないのは、ティケットの価格ではない。価格は天井桟敷の30ドルから250ドルまでである。問題はティケットを手に入れることにある。批評家でも、支持者でも、コネのある金持ちでなければ、将来の音楽祭の名簿に名を連ねるのみである。7年以上の待ちはざらである。
水曜日の夜「指輪」の最初のオペラ「ラインの黄金」の上演を前にして、私は音楽会場のティケット売り場の外で腰を下ろすか、折りたたみ椅子にすわっているワグナー信者の一団をみてホットした。全員が払い戻しティケットを買いたいのである。私は最上級の記者席のティケットを持っている。すまないという気持ちを感じながら、自己紹介をしたものである。
行列の先頭はドイツの青年で、バイロイトの住人であった。彼は午前一時から座っていたそうである。二番目は中年のニューヨーカーであり、午前八時にここに着いた。彼が言うには、長年バイロイトにやってくるが、だいたいの公演は入れたそうである。わずかながら払い戻しティケットがある。二人ともこのチクルス全曲を見るつもりである。私は「ワルキューレ」の始まる前に、ティケット売り場に行って、「ラインの黄金」に入ったかどうかお教えしよう。
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