ヘ短調作品34

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トマシーニ記者まだザルツブルクにいるらしい。彼はザルツブルクで問題になっている「ザルツブルク音楽祭:小史」という映画のDVDを入手してその感想をニューヨーク・タイムス送ってきている。これを2回に分けて紹介したいと思う。音楽という本来最も非政治的な活動もナチの政治の影響を免れなかった時代、この時代を生きてきた音楽家たちの過去を振り返える一つの資料ではある。最近、戦争責任においてドイツとオーストリアは違うと言い切れるのかという反省が、オーストリアにあることをどこかで読んだ記憶がある。もう少し限定してバイロイトとザルツブルクは違うと言い切れるのか。


ナチとザルツブルク音楽祭:論議を呼ぶ歴史映画

アンソニー・トマシーニ記者

ニューヨーク・タイムス 8月15日

ザルツブルク ― 日当たりのよいアメリカ・ザルツブルク音楽祭友好協会(the American Friends of the Salzburg Festival)の本部建物は音楽祭会場の道路を隔ててちょうど向かい側にある。音楽祭と友好協会との関係は親密であった。すくなくとも今年の夏までは。

音楽祭の事務局は腹を立てている。当協会がイギリスの映画監督トニー・パーマーのドキュメンタリー「ザルツブルク音楽祭:小史」の上映を決定したからである。音楽祭当局がこの映画を否定しているのは、一つには音楽祭の理事会が、パーマー氏が音楽祭とナチとの絡み合った関係を誇張し、不正確な箇所があるからである。

最近の記者会見で、当局が言明したところでは、パーマー氏がドキュメンタリーを制作することは大いに結構ではあるが、決して依頼したわけでもなく、公式に推薦したわけではない。この映画、上映時間は3時間15分で小史とは言い難いものであるが、8月31日に終了する音楽祭の催し物として上映される予定ではあった。ところがアメリカ友好協会は地元の映画館でときどき上映したのである。

音楽祭を前にして、ウィーンの大手新聞社「デア・シュタンダルト」との会見で、ザルツブルク音楽祭の委員長のヘルガ・ラビ・シュタットラーは当然当音楽祭の歴史は「暗黒の時代にもふれるべきである」と述べたが、しかし彼女は「映像で嘘をつく」のはゆるされないと付け加えている。

彼女がとりあげたのは事実と称している場面である。指揮者ウィルヘルム・フルトヴェングラーが、ナチの旗で飾り付けたザルツブルク音楽祭でベートーベンの第九交響曲を演奏し、その後でヒトラーの宣伝相であるヨゼフ・ゲッペルスと握手していることになっている。実際は演奏はベルリンで行われた。

映画にはヒトラーとドイツ軍が1938年にザルツブルクになだれ込み、歓喜した群衆がスワチカの旗を振っているシーンもある。ドイツの軍人が音楽祭の演奏を聴いているシーンはほとんどない。たしかに、ある批評家が指摘するように、ヒトラーがじきじきに音楽祭にやってきたのはたった一度である。彼にとって最高の夏の音楽祭はドイツのバイロイト音楽祭であり、ワグナーのオペラ・ハウスこそがドイツ文化の聖なる神殿であった。

この映画の中で、ミズ・ラプル・シュタットラーがザルツブルクの反ユダヤの歴史について率直に述べたのは偉い。ザルツブルクはローマ・カトリック教会の大司教が統治する、聖職者による独立国家として建国された。彼女は「ヒトラーとナチが今なおいてくれたらと思っている人がいる」と述べている。

マリア・カラス、ジミー・ヘンドリクス、ワグナーと多様な人物の映画を制作したパーマー氏は、彼のドキュメンタリが基本的に公平なものであると主張している。出たばかりのDVDを私はみたが、一体何がそんなに大騒ぎすることがあるのか分からない。

興味深い映画と過去の有名人との会見を織りなして、パーマー氏はまず1920年の音楽祭の創設を取り上げる。これに積極的に取り組んだのは二人のユダヤ人であった。劇場演出の大者マックス・ライハルトと詩人で脚本家のフーゴー・フォン・ホフマンシュタールである。リヒアルト・シュトラウスはこの計画に親身になった。文化をとおしてオーストリアが第一次大戦後の荒廃から、ある目的意識を取り戻せるという希望があった。その後15年間ザルツブルク音楽祭ヨーロッパの指導的な知識人や文化人を惹きつけたのである。

アルチューロ・トスカニーニが音楽祭で指揮している感動的なシーンもあった。ヒトラーが1933年に権力を握ってからはバイロイトで演奏するのを拒否し、ザルツブルクに移り、1938年までここで活動した。1938年は当時の国民投票によれば97%の支持でドイツはオーストリアを併合した年である。ユダヤ人である偉大なるブルーノ・ワルターが、クルックの「オルフェオとユーリディーチェ」を演奏するわくわくするシーンもある。

やがて焦点はナチ時代に移り、30分ほど続く。気味の悪いシーンがあった。ウィーン・フィルハーモニックの非公式の演奏中であるが、指揮者クレメンス・クラウスが目を輝かせたドイツの将校を指揮台に昇らせ、指揮をさせた。記憶に残るシーンとしては、1934年70歳のリヒアルト・シュトラウスが「バラの騎士」の第二幕の終わりをうんざりした表情で指揮しているところである。

当時の非ユダヤ系の芸術家の直面した道徳的ジレンマも適切に描かれている。撮影されたフルトヴェングラーの未亡人、90歳代のエリザベスによれば、彼女の夫はナチを毛嫌いしていた。彼はゲッペルスがドイツのオーケストラに偏った関心があり、ウィーン・フィルハーモニックを解体させ、団員を軍隊に送ろうとしていると聞いた。彼女の話によれば、彼はヒトラーの所に行き、この計画が実施されればドイツを出ると申し出た。フルトヴェングラー夫人が主張するには、彼女の夫がウィーン・フィルハーモニックを救ったのである。

夏の日々 ー コール

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Summer Days


IN summer, when the days were long,
We walk’d, two friends, in field and wood;
Our heart was light, our step was strong,
And life lay round us, fair as good,
In summer, when the days were long.

We stray’d from morn till evening came,
We gather’d flowers, and wove us crowns;
We walk’d mid poppies red as flame,
Or sat upon the yellow downs,
And always wish’d our life the same.

In summer, when the days were long,
We leap’d the hedgerow, cross’d the brook;
And still her voice flow’d forth in song,
Or else she read some graceful book,
In summer, when the days were long.

And then we sat beneath the trees,
With shadows lessening in the noon;
And in the sunlight and the breeze
We revell’d, many a glorious June,
While larks were singing o’er the leas.

In summer, when the days were long,
We pluck’d wild strawberries, ripe and red,
Or feasted, with no grace but song,
On golden nectar, snow-white bread,
In summer, when the days were long.

We lov’d, and yet we knew it not,
For loving seem’d like breathing then;
We found a heaven in every spot;
Saw angels, too, in all good men,
And dream’d of gods in grove and grot.

In summer, when the days are long,
Alone I wander, muse alone;
I see her not, but that old song
Under the fragrant wind is blown,
In summer, when the days are long.

Alone I wander in the wood,
But one fair spirit hears my sighs;
And half I see the crimson hood,
The radiant hair, the calm glad eyes,
That charm’d me in life’s summer mood.

In summer, when the days are long,
I love her as I lov’d of old;
My heart is light, my step is strong,
For love brings back those hours of gold,
In summer, when the days are long.

Wathen Marks Wilks Call



夏の日々

長い夏の日に
僕たち二人は野や森を歩いた
ともに心は軽く 足取りも軽やかだった
二人の日々は美しくも楽しかった
長い夏の日のこと。

僕たち二人は朝から夕べまで歩き回った
二人で花を摘み花輪を編んだ
二人は燃える紅のケシの野を歩んだ
黄色い綿毛の上に腰を下ろし
いつまでもこのな日々が続くことを願った。

長い夏の日に
僕たち二人は生け垣を飛びこえ 小川を渡った
彼女の歌声は流れていき
心なごむ本を朗読した
長い夏の日のこと。

僕たち二人は樹の下に腰を下ろした
真昼には影は短くなり
太陽とそよ風を浴びながら
輝く六月 二人ではしゃいだ
ヒバリが牧場の上で歌っていた。

長い夏の日に
僕たち二人は赤く熟した野いちごを摘んだ
二人はひたすら歌いながら
金色のジュースを飲み 白いパンで祝った
長い夏の日のこと。

僕たち二人はともに愛していたが 気づかなかった
愛することはまるで息をすること
二人にはいたるところに天国があり
善意の人はみな天使に見えた
森や洞穴では神々を見た。

長い夏の日に
僕は一人さまよい 物思いにふける
彼女はいないが あのなつかしい歌が
かぐわしい風にのってきこえてくる
長い夏の日のこと。

僕は一人森をさまよう
美しい女が僕のため息をきく
僕はちらっとみる 紅いフード
きらめく髪 おだやかな魅惑の目つき
すべて子供の僕を夢中にさせた。

長い夏の日に
昔愛したように今も彼女を愛している
心は軽く 足取りもかるい
愛はあの黄金の時に戻してくれる
長い夏の日のこと

コール

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