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ニューヨーク・タイムスのクラシック音楽担当のトマシーニ記者のザルツブルク市中での見聞録。初日はヨーロッパの広場でよく見かける権威とはほど遠い辻音楽師との出会い。ザルツブルクともなると辻音楽師の水準も高くなるのだろうか。以下は彼のリラックスした報告である。
モーツアルトを弾く辻音楽師
トマシーニ記者
ニューヨーク・タイムス 8月4日
ザルツブルク ― バイロイトから鉄道で、ザルツブルクには水曜日の夕方に到着した。爽やかな天気だったので、夕食を取るために私の好きなカフェK&Kまで歩くことにした。モーツアルトが生まれた家を通り過ぎ、ダニエル・ステンウェイという究極の辻音楽師に出くわした。
他の辻音楽師はギター、アンプ、チェロ、コントラバス、キーボードなどを広場や公園に運び込む。笑ってしまう。ステンウェイ氏はヤマハの中型ピアノをヴァンで運ぶ。ヴァンには水圧リフトがついており、ローラーにのせたピアノを、モーツアルトが17歳まで住んでいたゲトライドガッセ9番地の中庭の場所まで運ぶ。水曜日には熱心な群れがモーツアルトのメドレー ― ソナタの数楽章、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や人気のある「トルコ行進曲」―すべて軽快なテクニックで演奏してのけ、装飾楽句を即興で付け足した。
マケドニア生まれ25歳のステンウェイ氏は魅力的な若者で、体格が良く、きちんと手入れしたあごひげをはやし、ポニーテイルを束ねている。彼が言うには、マケドニアでは民族音楽が盛んなので、クラシック音楽をする機会を求めて二年前にザルツブルクにやってきた。しかし彼はピアノが達者である。彼はマケドニアの首都、スコピエのオーケストラの伴奏で、あのすごいラフマニノフのピアノ協奏曲の三番を演奏したそうである。ダニエル・ステンウェイはご想像のように本名ではなく、街での名前である。
土地の法令では彼がやっていることは禁じられている。「いつも用心しなければいけない」と彼はいった。「警察が時々やってきては、止めさせるし、罰金が科せられるし、ぶち込まれたこともある」という。ガールフレンドのカタリナに手伝ってもらってピアノを据え付ける。私は今晩の店じまいを観ていた。彼は胴体の真ん中にプロの運送屋のバンドを締め、ピアノの脚を一つずつ持ち上げ、カタリナが輪を滑り込ませる。二人は敷石の中庭からピアノをヴァンが駐車してある街角まで運ぶ。
彼はモーツアルト・ハウスでモーツアルトを弾くだけではない。他のメドレーでは、激しいブラームスのハンガリアン・ダンスからリストのハンガリアン・ラプソディ、ショパンのワルツまでつづけて強めに演奏する。群衆は賞賛している。男の子が興奮してピアノの後部に寄りかかり、ステンウェイ氏が演奏している間ハンマーやダンパーを見つめていた。
休憩のとき、ステンウェイ氏と話をしたいけど待たなければいけなかった。自分で制作したCDにサインをせがむ人がたくさんいたからであある。曲目は、「クマンバチが飛ぶ」、ベートーベンの「悲愴」ソナタ、ショパン作品集、これで15ユーロである。彼に参ってしまった日本の女性の一団が一緒に写真を撮るからはいってくれとせがまれた。カタリナはCDを売り、カンパを集めて歩く。私は2006年の一番献身的なガールフレンドに一票を投じることにした。
ステンウェイ氏は本名を明かしたが、書かないでくれとたのんだ。彼は街の仕事はうまくいっており、バーでジャズを演奏することもあるが、合法的なクラシックのキャリアを希望しているので、本名がこの商売と結びつくことがいやだったのである。私は、そんなことはないよ、街で音楽を演奏して恥ずかしいことはないよといった。だが彼の要望を尊重することを約束した。彼のファースト・ネイムはイヴォ(Ivo)とだけ言っておこう。彼に関心のあるプロモーターのために彼のメイル・アドレスを紹介しておこう。
daniel_stenway@yahoo.com
彼を励ましたい方々に言いたい。モーツアルト、モーツアルトは民俗音楽、ダンス音楽(彼はダンスが非常に得意だった)、辻音楽師が好きだった。私は、モーツアルトがステンウェイ氏と楽しそうにデュエットしている姿を想像できる。ヴォルフガングはザルツブルク音楽祭の堅苦しいお歴々より、イヴォと時間を過ごした方が愉快だったはずである。
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