ヘ短調作品34

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トマシーニ記者はザルツブルク市中の見聞のシリーズを締めくくるに当たって、モーツアルト誕生の家に入場料を払っていくべきではないと忠告している。観光都市でくつろいだ観光を楽しむのは困難であるが、ここザルツブルクでも同様である。モーツアルトゆかりのこの家も蝋人形館みたいのようだ。大ガッカリの観光スポット。

ザルツブルク巡礼

8月7日

アンソニー・トマシーニ

ザルツブルク市中からの報告の最後に、いつかモーツアルトの生まれ故郷に巡礼の旅を計画していらっしゃるモーツアルト愛好家の皆さんに強く忠告しておきたい。ゲトライデガッセのモーツアルト誕生の家だけは行かない方がよい。ミュージアムと称しているが、あれはサギである。

ではなぜお前はいったのかって?得るところがなかったのかって?

私はずっと行っていなかった。私があそこに行ってからすっかり変わってしまった。私は1979年にオーストリアに行ったとき、この家にはすっかり魅せられた。その当時は、大きな陳列ケースがあり、手紙、記念物、家具、楽器が収まっていた。モーツアルトの父レオポルドが自分の子供に対位法を教えた手書きの音楽教本に感動した記憶がある。天才少年モーツアルトを超人的な子供とお考えかもしれない。それが礼服を着て、粉をまいたカツラをかぶった小さい頃の肖像画からの印象である。

しかしこの対位法の練習帳で、この有名な天才少年もやはり子供だったのだと思う。レベルの高い対位法を学んでいたのだけれど、他の子同様、書くのは難しかったのである。音符を書くとき、円や点を間隔内に納めるのに苦労している。難しいのは対位法ではなかった。

現在この練習帳は、私が記憶している、大半の文書、手書きの楽譜、手紙とともに消えてしまっている。現在では、ロバート・ウィルソンの設計が売り物になっているこのミュージアムでは、ルートに沿って進行方向の印が付いており、観光客を立ち止まらせないためであり、人の流れはたしかに良くなっている。

このミュージアムの中心展示室にはかっては陳列ケースがあったものだが、今ではペンキを塗った壁があり、のぞき窓からモーツアルトが子供の頃練習したちっちゃなバイオリンをちらっとみる仕組みになっている。居間にはまだ家具があり、モーツアルトの時代の衛生観念を説明するものもある。すなわち、水は肌を通過し、内蔵を弱くするから、皮膚はこすったとか。モーツアルトの最初の作曲であるピアノのためのメヌエットの馬鹿げたファクシミリのところでは観光客に押し流されないように。

モーツアルト250周年中、バスで押しかける観光客は、各国語で「立ち止まらないでください」という警備員によって押し出される。土曜日には、30人ぐらいの日本人学生はぐるっと回って15分で街に戻っていった。

入場料6ユーロ(7ドル50セント)を払ってモーツアルトが生まれた家に行くくらいなら、ハゲナウアー・プラッツの戸外のカフェでコーヒーとケーキを注文した方がいい。そこでコーヒーをすすって、この家をながめ、少年モーツアルトが練習し、3階の窓から流れてくる音を想像したほうがましである。

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トマシーニ記者の今日の話題は、資本主義国ロシアの石油に次ぐ主要輸出産品である女の子から始まる。ウィンブルドンだけではなく、ザルツブルクでもファッション・モデルをかねるロシアの女の子が今年も活躍するようである。音楽には興味はなくてもロシアの若い女の子に興味がある方はこちらにどうぞ。

http://www.annanetrebko.com/

この女性オーストリアの市民権を得たようであるから、ロシアから輸出されたことは間違いない。

アンソニー・トマシーニ

ニューヨーク・タイムス 8月6日

今日は一つの話題にしぼるのではなく、ザルツブルク音楽祭の雑多な話題を提供しよう。

ロシアの魅力的なソプラノ、アンナ・ネトレブコ、彼女のスザンナを日曜日のモーツアルトの「フィガロの結婚」で聴く予定である。彼女は当地に衝撃を与えてきた。彼女のポスターが至るところにある。非常に繁盛しているカフェ・トマセリに近いアルテル・マルクトには、ファンシー・ドレスの店エスカーダがある。店の三面の窓は白いシークイン・ガウンを着た扇情的なミズ・ネトレブコのポスターで埋め尽くされている。このガウンは展示され、買うことができる。

ミズ・ネトレブコ関連のファンシーな物件はそれだけではない。昨年の夏の音楽祭で、現代服の演出による、ヴェルディの「トラヴィアタ」で彼女はヴィオレッタ役で、アルフレッド役のアロンゾ・ヴィラゾンと共演して聴衆を魅了した。オペラ開幕直後のパーティでは、ミズ・ネトレブコは流行の先端を行く魅惑の桃色がかった赤いドレスを着て、ヴィオレッタのサロンの赤い革の寝椅子に立って乾杯をした。さて音楽祭はこの演出のオリジナルの寝椅子をオークションに出した。言い値は1万ユーロ、約1万3千ドルである。8月12日で締め切られるまでにお値段を申し出られてはいかがだろう。

少しまじめな話をしよう。音楽祭の理事会は困っているという噂である。提携関係にあるthe American Friends of the Salzburg Festival がイギリスの映画製作者トミー・パーマーによる「ザルツブルク音楽祭:小史“The Salzburg Festival: A Brief History”」を映画館で上映したのである。パーマー氏は上映の前にカラス、ワグナー、ストラビンスキー等の音楽芸術関係の人物の映画で以前物議を呼んだことがある。

小史といっても3時間以上もするドキュメンタリは、歴史的演奏やザルツブルクで仕事をした人物とのインタビューの場面がある。1933年から1944年までの間、この音楽祭の議論の余地のないナチとの結びつきを調べている。歴史家やよく知った評論家のなかにはこの映画の事実認識の過ちを指摘している人もいる。上映は時折であるので、DVD版を手にした。いずれ報告することにしよう。

さて衣装に戻ろう。バイロイトの衣装のしきたりについて述べたからには、ザルツブルクについても述べておくことにしよう。むしろザルツブルクの方が、優雅でフォーマルな服装で登場する人の割合が多い。レーダーホーゼン一式を着てやってくるオーストリアの家族もいるが、スーツやスポーツウェアで通過するものもいる。

ティケット価格はバイロイトも顔負けである。大がかりな演出で大劇場でモーツアルトの人気のあるオペラの入場券は、バイロイトの最高が250ドルであるのに、360ユーロ、約430ドルはする。しかし、ピアノ・リサイタルでは6ドル50セントで入れて、国に帰ってから、かの有名なザルツブルク音楽祭のコンサートに行って来たよと友人に自慢できる。

音楽祭会場の案内係は男が多いが、洗練された制服を着て、健全な感じのいい若い男女である。「サウンド・オブ・ミュージック」のリメイクのトラップ・ファミリーの一員のような感じである。ちゃかすつもりはない。彼らは魅力的かつ有能である。

バイロイトでは見かけず、ザルツブルクだけで見かけるものがある。泉。ザルツブルクでは皆が高価な飲み物をだけを飲むことを期待されている。私はある晩トイレの蛇口の下で手で水をすくいながら愉快ではなかった。

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