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「今日の詩」は選者が一週間以上前に送ってきたイェーツの「ビザンティウム」である。イェーツの詩でこれほど悩んだのは経験がない。今日ウェッブで非常に論争点が多く、大学の先生の論文ネタになっている難解な詩であることを知った。自分でも理解して訳しているわけではないが、投稿してみることにした。 イェーツが現在のイスタンブールを訪問し、滅亡したビザンティウムの過去に思いをはせるというなら、話は簡単である。詩人というものは親切ではない。過去形ではなく、現在形で亡霊がビザンティウムの街を闊歩する。 ビザンティウムは東ローマ帝国の首都であり、トルコに攻め滅ぼされるまでヨーロッパとアジアを結ぶ拠点として栄えた。ビザンティウムはキリスト教の牙城であるが、元々ギリシア人の都市である。この詩にはギリシャ神話とキリスト教の伝説がはめ込まれている。 Byzantium The unpurged images of day recede; The Emperor's drunken soldiery are abed; Night resonance recedes, night walkers' song After great cathedral gong; A starlit or a moonlit dome disdains All that man is, All mere complexities, The fury and the mire of human veins. Before me floats an image, man or shade, Shade more than man, more image than a shade; For Hades' bobbin bound in mummy-cloth May unwind the winding path; A mouth that has no moisture and no breath Breathless mouths may summon; I hail the superhuman; I call it death-in-life and life-in-death. Miracle, bird or golden handiwork, More miracle than bird or handiwork, Planted on the star-lit golden bough, Can like the cocks of Hades crow, Or, by the moon embittered, scorn aloud In glory of changeless metal Common bird or petal And all complexities of mire or blood. At midnight on the Emperor's pavement flit Flames that no faggot feeds, nor steel has lit, Nor storm disturbs, flames begotten of flame, Where blood-begotten spirits come And all complexities of fury leave, Dying into a dance, An agony of trance, An agony of flame that cannot singe a sleeve. Astraddle on the dolphin's mire and blood, Spirit after Spirit! The smithies break the flood. The golden smithies of the Emperor! Marbles of the dancing floor Break bitter furies of complexity, Those images that yet Fresh images beget, That dolphin-torn, that gong-tormented sea. William Butler Yeats ビザンティウム 日中の不潔な幻影は退く。 皇帝の酔いどれ兵士も就寝し 大聖堂の鐘がなり 夜の静寂を破る歌声も去る。 月と星に照らされたドームは 人間すべてを見下す すべては細工品 狂気と屈辱の気質。 私の前にある形が浮かぶ 人か亡霊か 人よりは亡霊 亡霊よりは幻影。 ミイラを包む冥界の王の巻き糸は 絡み合った小路を解す。 乾いて息もしない口が 死者の口を呼び起こす。 私はこの冥界の王を迎え 生ける死と死せる生と呼ぶ。 奇跡の細工に鳥の金細工 奇跡の細工! 鳥の細工は 星明かりの金の枝に留まり 鳴き声は冥界の王の雄鶏のごとく 侮辱された月をよそ目に 腐食しない金属を誇り 声高に並の鳥や花弁 泥や血の細工品を罵る。 深夜皇帝の路を炎が走る 薮も火打ち石も必要ない 嵐の飛び火もないが、炎は炎を生み 血気にはやる霊が来ては 狂気の細工品どもを見捨てる 死の間際の舞踏 恍惚の苦痛 袖も燃やさぬ炎の苦痛。 泥と血のイルカにまたがり 次から次へと霊が!細工師が大火を鎮める。 皇帝の金細工師たちが! 細工品の激しい怒りを静める 舞踏会の床の大理石 この幻影がさらに あらたな幻影を生む イルカに乱され、警鐘に苦しむ海。 イェーツ 最後になるが、この詩はなかなか凝った韻文詩である。 詩の構造 この詩は5詩節から成り、1詩節8行である。音節が不揃いであるようだが、各詩節の音節数は [10, 10, 10, 8, 10, 6, 6, 10]である。さらに脚韻は [a, a, a, b, b, c, d, d, c]で構成されている。 * 第1詩節の月と星はビザンティン帝国のシンボルである。
* 第2詩節の「冥界の王」とはギリシア神話の冥界を支配する神である。 * 第3詩節の「鳥の金細工」とはギリシア人の金細工師の作ったものであり、ビザンチン帝国の有名な産品である。ヨーロッパ各地にある聖遺物はほとんどがビザンティウムで製造されたものである。聖地エルサレムを巡礼した信者は、大枚をはたいて「キリストの聖遺物」と称するものを買い込んだ。 * 同じく第3詩節の「泥や血の細工品」と誤魔化したが、不滅ではない人間のことを指すのだろう。 * 第5詩節の「イルカ」であるが、ギリシア神話では死者を冥界に運ぶとされているそうである。 |
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ヨハネス・ブラームス ヘルツォーゲンベルク書簡集 序 ― VI 心のこもった追悼の辞で、学者アドルフ・ヴァッハは詩人になった。まことに詩的な表現で、変容した彼女の完璧な人格にふれている。「私は、彼女の軽やかな金髪、明るく、限りなく愛らしく、神々しいまでの熱烈な表現、軽やかな身のこなし、これらはすべて最高に美しい内面の肖像であると思います。まことに偉大 な巨匠の手によって制作された、微笑みかける芸術の聖女か処女天使のようでした。彼女の人格は純粋なハーモニーであり、豊かな音の響きであり、高貴な精神 力の合奏音でした。美しさと感覚的な神のような啓示は彼女だけのものです。彼女の存在、生活、話、歌には、最高の貴族の印章が押されていました。彼女は神の手により現れたのです。生まれながらのものであり、学んでなった芸術家ではありません。彼女は成熟して聖職者になりました。驚異的な感受性と繊細さと正確な判断で真の芸術を受け入れ、作為的で偽りの芸術を拒否しました。いかなる芸術活動の領域にも感覚を閉ざすことはなく、本来語りえないものを語る、芸術 のもっとも精神的で高尚な本質にも透徹しえたのであります。私はかくも美と善が等しく一体化した人格を見たことがありません。 …彼女の心は純粋の方向に向かっていました。外面の輝き、世俗的虚栄、この世の財宝、これらは彼女には何の威力もありませんでした。卑しいものは彼女には無限に遠い存在でした。場合によっては、勇気と過激ともいえる情熱で善を擁護しましたが、それすら彼女を危機に導くことはありませんでした。彼女には計り知れない真実への愛がありました。彼女はそれを乱用して人を傷つける激情や辛辣に陥ることありませんでした。彼女の人間愛同様に、彼女に備わっていた美の法則が彼女をそれから守りました。彼女の正義観、私はあえて彼女の信義感といわせていただきますが、女性としては驚異的に築かれたものであります。彼女は自身が望むものと望まれるべきものとを混同しませんでした。…. すべての善の父への信頼に由来する善への信頼、そして最も強い精神の力、愛、これは探して求められるものではなく、永遠に終わることのないものであり、愛は掟の遂行であり、愛は世界を解放し、愛はその存在の核であることをわれわれは知っております」 朗読の最後の言葉は、使徒パウロのコリント書簡を想起させる。ブラームスが「彼の四つの厳粛な歌」の終曲で熱狂した、神の愛と人間の愛へのあの荘重な賛美である。「信仰、希望、愛はいつまでも残る。しかし最も大いなるものは愛である」 これはエリーザベトの友が、忍び寄る死の夜の影と闘争し、永遠の吐息に身震いしながら、曲をつけた最後の言葉である。ロ長調アダージオの真紅の背景から、 彼の聖女の金色の光輪に輝く頭が浮かび上がり、永遠に彼の目の前に、心の中に現れ、歌手たちの不滅の白鳥の歌に唱和して唇を動かしているかのようである。 南の青き海がどよめくリビエラのさびしい墓地に、月桂樹、棕櫚、杉に囲まれ、オルガンの前に座る女性を表した白いレリーフ像が供えられた。ドナテロの厳粛な聖チェチリアが巨匠ヒルデブラントの手で可愛らしい女性像に変容したかのようである。楽器に耳を澄まして、思慮深く首をかしげた聖女の顔立ちには、みなが親しんだ、忘れえぬエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクの特徴がある。 彼の「慰霊祭(Totenfeier)」で、ハインリッヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルクは妻を失い、打ちひしがれた心の悲しみを歌い、失った妻のために感動的な音の記念碑をうち立てた。「牧師が埋葬の時に引用した聖書の言葉を福音教会の賛美歌と結びつけ、全体に統合し、その作品が、ブラームスのドイツ鎮魂曲の緩い構成とは対照的に、 あらゆる素朴な解釈者にも容易に理解できるように、そのテキストから福音主義の教会カンタータを創り上げている。真に彼の心血を注いで書いた曲であり、技巧や才能ではなしえない生命のしるしがある(フリードリッヒ・シュピッタ:ハインリッヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルクと福音主義の教会音楽)」 かのバッハ伝の著者の弟は、ヘルツォーゲンベルクの音楽の熱烈な支持者、擁護者であったが、ヘルツォーゲンベルクは彼への書簡の中で、苦悩は人を目覚めさせ、 指導してくれる誠実な友であると呼んだ。この目覚めにより、以前は新鮮なメロディーがあふれ出ていたのに、半ば埋もれていた才能の泉が再び開かれ、そこから、なかんずく最上の「ドイツ・リード劇(Deutsche Liederspiel)」を創作したのである。そして彼はその泉の水を、一部は彼によって創造され、造形された現代的教会カンタータの新形式へと導いたのである。彼の精神で深く耕された土地から木が育ち、永遠の果実を育み、これらの曲は彼 と多くの敬虔な聴衆の命の糧となった。ヘルツォーゲンベルクは深い精神性に充ちた形式の整った室内楽の様式において、愛すべき歌曲を壮大な合唱交響曲に構築し、聴衆は、適切な曲を集め、プロテスタント教会の礼拝に捧げられた新しき喜びを、現代音楽の貴重な宝であり、永遠に残る富と認識したのである。 アッペンツェラーの高台にある彼の家は彼自身が設計して建て、芸術家でありかつ趣味人としての様式感覚で細部に至るまで内装を整えたのであるが、彼が夫人との 最後の地上的結びつきをほとんど失った後は、フロイライン・ヘレーネ・ハウプトマンに家事を見てもらいながら、最後の八回の夏を地上的存在として過ごした のである。フロイライン・ハウプトマンは(「彼女が居てくれれば、安心ですし、うまく行きます」とフラウ・フォン・ホルシュタインは書いている)、音楽の 素養があり、以前トマス・カントールで、作曲家のモリッツ・ハウプトマンの娘であった。彼は毎年、芸術家や学者の仲間をここに招待したが、彼らは飾り気の ないユーモア、伴侶により復活した創作意欲、客好きのホストの知識と芸術のあらゆる領域にわたる学識ある会話を楽しんだ。 そして一連の宗教作品が生まれた が、彼の到達した芸術の頂点である。すなわち、典礼聖歌作品81、四声の重唱モテット作品102、四声、五声、八声の重唱モテット作品103、さらに三つの教会オラトリオ、「キリストの誕生(Die Geburt Christi)作品90」、二部作、洗足木曜日、聖金曜日のための受難曲作品93「収穫祭(Erntefeier)」作品104、これらは彼の音楽的創作活動の王冠である。彼がアベントロート(Abendroth)」から ― 彼はこの家をこう名付けた ― ボーデン湖と緑の山並みを喜びに充ちた平安な心で見つめ、太陽の光で輝く美景は、最後の息を引き取るまで打ち続けた彼の心臓を暖めたのである。彼はブラームスの死後3年以上生き続け、1900年10月9日に、再発した激痛を伴う病を癒すために訪れたヴィースバーデンで死去した。ロマンチックなヴィースバーデンの共同墓地にある彼の墓はヒルデブラントによるレリーフで飾られている。 生きているときは堅く結ばれていた三人は互いに遠く離れて安らかに眠っている。彼らの魂は互いに結ばれて生き続け、この本に収録された手紙の中で、彼らといつも再会を祝えるのは、後世の人にとって喜びである。 ウィーン、1906年10月 マックス・カルベック
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



