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今日取り上げるフロストの「楽しい時間」は「今日の詩」の選者が送ってきたものではない。選者はフロストの詩をケチっているので、私が探し出してきた。季節は真冬である。こう暑いと寒くても気分の温まる詩が読みたくなる。 たじろぐような長編詩が多い彼の第二作「ボストンの北」の小品である。口語的な表現でありながら、形式的には古典的な韻文形式を見事にこなす。マイナーな作品かもしれないし、夜の散歩という題材は彼には珍しくはないが、フロスト一流の韻文詩の名人芸が楽しめる。 Good Hours I had for my winter evening walk-- No one at all with whom to talk, But I had the cottages in a row Up to their shining eyes in snow. And I thought I had the folk within: I had the sound of a violin; I had a glimpse through curtain laces Of youthful forms and youthful faces. I had such company outward bound. I went till there were no cottages found. I turned and repented, but coming back I saw no window but that was black. Over the snow my creaking feet Disturbed the slumbering village street Like profanation, by your leave, At ten o'clock of a winter eve. Frost 楽しい時間 僕は冬に夜の散歩をした − 話をする人は誰もいなかったが 雪の中に小屋が並んで建ち 窓が目のように輝いていた。 小屋に人々がいると思った。 ヴァイオリンの音が聞こえた。 レースのカーテンから垣間見た 若い人影と若い顔。 人里はなれた地域に仲間がいた。 小屋が無くなるまで歩いた。 残念だけれども、振り返り 戻ったが、窓は全て暗かった。 雪の上をきしませる足音 村の通りの眠りを妨げた。 ご免と言いながらの無礼 冬の夜の十時のこと。 フロスト
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今日のドイツの詩はビアバウムという詩人の夏を祝福する、典型的な季節の詩である。形式も綺麗であり、時候の挨拶によい詩である。 なお「夢見るセバスティアン」の15編の詩の単語帳を作成したばかりだが、「夢見るセバスティアン」という詩集の中の「夢見るセバスティアン」というシリーズだった。全部で五部から構成されているが、第二部「孤独の秋」は韻文形式でだいぶ趣が変わっている。また折を見て訳詩に挑戦したいと思っている。 Wenn im Sommer Wenn im Sommer der rote Mohn wieder glüht im gelben Korn, wenn des Finken süßer Ton wieder lockt im Hagedorn, wenn es wieder weit und breit feierklar und fruchtstill ist, dann erfüllt sich uns die Zeit, die mit vollen Massen misst. Dann verebbt, was uns bedroht, dann verweht, was uns bedrückt, über dem Schlangenkopf der Not ist das Sonnenschwert gezückt. Glaube nur, es wird geschehn! Wende nicht den Blick zurück! Wenn die Sommerwinde wehn, werden wir in Rosen gehn, und die Sonne lacht uns Glück! Bierbaum 夏になれば 夏になり、赤いケシの花が 再び黄金色の畑を彩るなら フィンチが愛らしい調べで サンザシの木から叫ぶなら 快晴で果実が揺れなければ われらの願いは叶えられ わざわざ測らなくても済む。 われらの恐れも消え去り われらの心配も吹き飛び 飢饉の蛇の鎌首には 太陽の刀がきらめくさ。 そうなることを信じろ! 後ろを振り返るな! 夏の風が吹いたなら われらに良いことがあり 太陽がわれらに幸運を恵む。 ビアバウム ドイツ版ウィキペディアによれば、ビアバウムという人はドイツで最初に自動車旅行記を書いた人物である。幌付き自動車で奥さんと1902年にドイツからプラハ、ウィーンを経由してイタリアに自動車旅行し、帰りはスイスからドイツに戻った人である。 |
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90.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ イェナ、1881年7月10日 親愛なる友へ 直ぐにペンを取ってくださるとはなんご親切なのでしょう。わたしは二重に感謝しなければいけません。真性の、試験済みの――変ロ調のちっちゃい、ちっちゃいスケルチェルル(Scherzerl)(1)付きのちっちゃい、ちっちゃいコンチェルテルル(Konzerterl)の良いお知らせを頂いたのですから。これこそ、他のこと、たとえば、ずいぶん問題のありそうなわたしたちの再会がうまく行かなかった場合に、秋まで「何か楽しいもの(something to keep jolly)」(2)な のです。でもちょっと考えてください。去年、わたしたちはベルヒテスガーデンに行きましたが、今年の場合、そこは行程からずいぶんと外れています。去年、 わたしたちが希望したのにブラームスさんは会いに来ませんでした。今年、ブラームスさんはすぐにもそこに行ける。いつも「すれ違い(Da wo du nicht bist, ist das Gluck )」(3)です。わたしの葉書でご存じのように、ヴェニスでクアを続けるのは不可能であることを悟り、しかも、海水浴は九月まで可能であることがわかりましたので、ヴェネツイア旅行をそれまで延期することにしました。心の重荷が取れました。わたしは(暗い部屋で)23度で横になっていなければなりませんので、そこの平均気温(また22度)を考えると穏やかではありません。今涼しくなりかけたところで、ティロル行きが涼しげで、爽やかです。なぜそんな遠くの別荘にこもってしまわれたのですか。だめな方。いつものように七部屋あれば、わたしたちを招待できたのに。
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ではさようなら。お手紙します。心優しい運命がわたしたちを再会させてくれることを祈るものです。一方で、あなたはコンチェルトを発表されることで、何かを――大きな――下さいました。 わたしたちはかならずあと六日間ここにいます。わたしは依然として囚人です。折々の季節のしるしで、とくに毎日歌うクロウタドリで(今や過ぎ去った)春を知ります。 {楽譜挿入}(4) わたしは間近い釈放を想ってこんなに元気です。再びさえずることができます。 いつまでもあなたのE.H.より (1) Scherzerl はウィーンの巻きパンの先の固い部分である。 (2) フラウ・ヘルツォーゲンベルクが書いた英語。 (3) シューベルトの歌曲「さまよい人」。(英訳者注) (4) Freut Euch des Lebens の旋律。
バレンボイムとチェリビダッケによるブラームスのピアノ協奏曲第二番第一楽章後半である。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



