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「今日の詩」はスティ−ヴンソンの死を前にした「神よ、我に希望を与えたもうたがゆえに」である。口述といえども、喘ぎながら韻文を書けるものではない。この詩を書いているときは臨終ではない。それと彼の最後の詩かと思うと、選者は元気なスティ−ヴンソンの詩を送ってくる。 写真はスティ−ヴンソンの奥さんファニーである。 Since Thou Hast Given Me This Good Hope, O God Since thou hast given me this good hope, O God, That while my footsteps tread the flowery sod And the great woods embower me, and white dawn And purple even sweetly lead me on From day to day, and night to night, O God, My life shall no wise miss the light of love; But ever climbing, climb above Man's one poor star, man's supine lands, Into the azure steadfastness of death, My life shall no wise lack the light of love, My hands not lack the loving touch of hands; But day by day, while yet I draw my breath, And day by day, unto my last of years, I shall be one that has a perfect friend. Her heart shall taste my laughter and my tears, And her kind eyes shall lead me to the end. Robert Louis Stevenson. 神よ、我に希望を与えたもうたがゆえに 神よ、我に希望を与えたもうたがゆえに 我が歩み、花咲ける芝を踏みし間に 大いなる森の枝は我を包み、曙は 白きも紅きも我を心地よく導く 昼も夜も、ああ神よ 我が人生、愛の光に蝕けることなし。 だが人の不運なる星、怠惰なる土地を 乗り越え、乗り越え 変わることなく碧き死に至るも 我が人生、愛の光に蝕けることなく 我が手は愛の手の感触に蝕けることなくも 日々息を吸う間も 日々人生の終わりに近付き 我が友はただ一人となる。 妻の心は我が笑いと涙を知り 我を最後まで見届けるに至る。 スティ−ヴンソン
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2007年10月19日
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今日のトム・トムスンは “Algoquian Lake” (アルゴキアン湖)を描いたものであり、私の持っている画集の表紙になっている。彼は湖の画家であり、今日の詩のテーマである穀倉地帯の農民の生活とは無関係であるが、その雄大さに共通点がある。 詩人はすでに紹介したウィリアム・チャップマン。彼はケベック出身のバイリンギャルのジャーナリストであり、詩人である。まだ黎明期のカナダの詩人であり、カナダ賛美に終始している。余裕がない感じである。カナダのケベックにもフランス風の愛や恋を歌う詩人はいる。私はカナダでは美人より景色に見とれていた。当分自然賛美の詩でフランス語学習に専念しようと想う。当方の語学力からみて、チャップマン氏は適切な詩人である。 Le Laboureur Derri??re deux grands boeufs ou deux lourds percherons, L'homme marche courb?? dans le pr?? solitaire, Ses poignets musculeux riv??s aux mancherons De la charrue ouvrant le ventre de la terre. Au pied d'un coteau vert noy?? dans les rayons, Les yeux toujours fix??s sur la gl??be si ch??re, Gris?? du lourd parfum qu'exhale la jach??re, Avec calme et lenteur il trace ses sillons. Et, r??veur, quelquefois il ??bauche un sourire : Son oreille d??j?? croit entendre bruire Une mer d'??pis d'or sous un soleil de feu ; Il s'imagine voir le bl?? gonfler sa grange ; Il songe que ses pas sont compt??s par un ange, Et que le laboureur collabore avec Dieu. William CHAPMAN (1850-1917) 農夫 二頭の大牛や二頭の重馬の後を 侘しい農地を背中曲げて進み行く 彼のたくましい手首は鋤の柄を 握り締め、大地の腹を切り開く。 光線に充ちあわれた緑の丘の麓 常に眼をこの貴重な土地に注ぎ 休耕地の濃厚な香に酔い痴れて 男は静かにゆっくりと畦を耕す。 夢見心地でときに微かに笑えむ。 男は炎の陽の下で耳にしたはず 金色の麦穂の海がざわめくのを。 男は麦が倉に溢れる光景を想う。 考えるは男の歩みを数える天使 農夫と神の協力作業に励むこと。 ウィリアム・チャップマン
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今日のドイツ語の詩はビアバウムの詩「牧神の笛の詩」である。牧神は夏のイメージがあるので季節外れの感があるかもしれない。フランス語に時間を取られてドイツ語の適当な在庫が少なくなった。 ビアバウムは以前にも紹介したことのある始めて自動車旅行の本をドイツで始めて刊行したジャーナリスト、作家、詩人である。19世紀世紀末頃から高踏的な態度を捨て、新しい技術、新しい産業に器用に適応し、大衆文化に貢献した芸術家が生まれ始めた。ビアバウムは自動車旅行のみならず、ドイツ最初のキャバレーの開店に関係したという。今日の牧神は本来の牧神、快楽の神である。 Faunsflötenlied Ich glaube an den großen Pan, Den heiter heiligen Werdegeist; Sein Herzschlag ist der Weltentakt, In dem die Sonnenfülle kreist. Kein Ende und kein Anbeginn. Sing, Flöte, dein Gebet der Lust! Das ist des Lebens heiliger Sinn. Otto Julius Bierbaum 牧神の笛の詩 我偉大なるパンを信ず 陽気で聖なる生命の霊。 鼓動は世界のリズム 溢れる陽光が輪舞する。 パンは誕生して死し、死して誕生する。 終わりなく、始まりもない。 歌え、笛よ、快楽の祈りを! これぞ生命の聖なる思い。 ビアバウム 絵はハンガリーの画家 Pál Szinyei Merse(1845 – 1920) のパンである。
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165.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ リーズライ、1885年9月1日 親愛なる友へ はい、あなたの曲中の一曲を「思い切って」送っていただいて結構です。ありがたや。交響曲のようですね。二人とも大喜びします。時間がなければなんとかして作ります。事実いずれ時間はあるでしょうから、あなたの親切の吟味に没頭します。どうぞすぐに送ってください。わたしたちが腰を下ろして待っているクリスマス気分は想像できますでしょう。あなたが来られなかったので非常に失望しました。すべてぎれいに準備しました。――可愛らしい家、二人の心、小さなケ ラーには自家製のワイン、お手紙のないときはご本人がいつ何時立ち寄られるかと思い続けました。でも、あなたはもっといい仕事に専念しておられます。工事中の「第四番」はわたしたち合わせたよりよき仲間です。出来上がり次第すぐに送ってください。10日か12日頃からはもういないと思います。ホステルヴィッツの両親と二日ばかり過ごしたいですし、その後は未知の大ベルリン、クルフュルスト・シュトラーセ 87 に 向かいます。わたしはときどき気分が悪くなります。そのたびにハインツのことを思います。彼がいる限り、わたしはあの世にもこの世にも何も欲しいものはありません。それにわたしはそちらで自転車の乗り方を練習しようかと考えており、この期待で子供のようにはしゃいでいます。ハインツも彼の「真夜中に生まれ た」(1)少年たちに早く会いたいようです。彼にはマリアヌス博士(2)のような才がたしかにあるので、成功するはずです。これにまつわる醜悪なもの、ベルリンでは威力をふるう毒舌、いろんな党派があっても、わたしたちは傷つかないと思います。わたしたち――それと生来より高く善なるものを求めるすべての人たち――には俗悪なものを遠ざける力があることを信じています。 親愛なる「四番」さん、お知り合いになれるのはとっても嬉しいですよ。あなたとすぐにお会いできるようにしてくださった親愛なる作者に幸いあれ。 ハインツはわたしたちのお友達アストールが準備できしだい、初めての息子(3)を送ります。間違いがたくさんありますので、あなたに校正をお願いはしません。 ではさようなら。 感謝を忘れぬあなたの誠実なエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクより (1) 「少年たちよ。真夜中に生まれ、精神も肉体もなかばさめただけの少年たちよ。(Knaben! Mitternachts-Geborne, halb erschlossen Geist und Sinn)」。 ゲーテのファウストの第二部、最後の場。 (2) マリアヌス博士とセラフィクス神父を混同している。 (3) 交響曲。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



