|
「今日の詩」はエミリー・ディキンソンの「ご臨終の時はほんの少し」である。自分の時も静かに送って欲しいという願いも込められているようである。友人は臨終の人を元気付けようと、部屋を豪華な花で飾り、水たっぷり飲ませ、必死に扇で風を送る。気持ちは分かるけど、意味がないのにと思っている。冷たいようであるが、彼女らしい静かな心境。 The Dying Need But Little, Dear The dying need but little, dear,-- A glass of water's all, A flower's unobtrusive face To punctuate the wall, A fan, perhaps, a friend's regret, And certainly that one No color in the rainbow Perceives when you are gone. Emily Dickinson. ご臨終の時はほんの少し ご臨終の時はほんの少し お水はコップ一杯が お花は控えめにして 壁に少し変化があれば。 扇も、多分、お友達の お悲しみも、そして 虹の色は絶対に気付かない 天国に逝かれる方は。 エミリー・ディキンソン Photo by anneli @flickr
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2007年10月21日
全1ページ
[1]
|
今日のトム・トムスンの絵は “Snow in the Woods” である。カナダ人は日本人が信じられないくらい寒さに強い。それでも彼は屋外で冬の風景をスケッチして、絵の具が凍ってしまうからだろう、家に帰って仕上げた。たとえスケッチにしても、カナダの自然を知り尽くした彼が奥深い森に出かけからには、比較的冬が緩んだ季節であろう。一瞬にして吹雪が襲うかもしれない。そうなればお終いである。 今日の詩はボーシュマンの “Perce-neige” である。訳語としては「スノードロップ」がある。だが詩人が歌っているのはスノードロップに代表される春を告げる花である。カナダ、とくに東部カナダでは、この花が咲けばもう春、花も大丈夫ということはない。咲いたと思ったら、嵐で無惨に萎れてしまうのが常である。考えた挙句「雪の花」にした。 Perce-neige Radieuses apothéoses Du soleil d'or et du ciel bleu, Fraîche gloire des printemps roses, Pourquoi donc durez-vous si peu ? Pourquoi donc êtes-vous si brèves, Aubes de l'enfance ? Beaux jours, Si pleins d'aromes et de sèves, Pourquoi donc êtes-vous si courts ? Jeunesse, où sont-elles allées Les hirondelles de jadis ? Où sont les ailes envolées De tes merveilleux paradis ? Et vous, poétiques chimères, Que dore un rayon d'idéal, Blondes idylles éphémères, N'auriez-vous qu'un seul floréal ? Ô fleurs, vous n'êtes pas finies ! Les plus tristes de nos saisons Auront encor des harmonies Et des regains de floraisons. La mortelle saison du givre N'a pas tué toutes nos fleurs : Nous pourrons encore revivre Le passé, dans des jours meilleurs. Nérée BEAUCHEMIN (1850-1931) 雪の花 栄光ある黄金の太陽と 青い空に匹敵する地位 春のバラの新鮮な光沢 何ゆえ汝はかくも儚い? 何ゆえ汝はかくも短い? 幼少期?素晴しき日々 芳香と果汁充ちたるに 何ゆえ汝はかくも短い? 青春よ、以前のツバメ いずこに飛び去りしか? 素晴しきエデンの園を 羽ばたき去り行きしか? そして汝は理想の光を 金色に染めた詩的夢想 田園のはかなき美女よ 花月はただ一度だけか? 花よ、汝の時終わらず! いとも悲しき季節こそ 再びハーモニーがあり 花開く季節が戻るべし。 霜にて凍る死の季節も 全ての花死すことなし。 良き日が来たれば、汝 去りし花を甦らすべし。 ネレー・ボーシュマン
|
|
今日は久しぶりにアイヒェンドルフの詩である。秋の豊穣を詠わせるわけには行かない詩人の「秋」である。 Herbst Nun laß den Sommer gehen, Laß Sturm und Winde wehen. Bleibt diese Rose mein, Wie könnt ich traurig sein? Joseph Freiherr von Eichendorff (1788-1857) 秋 夏よ、去るがよい 風も嵐も、吹き荒れよ。 このバラなおも我がもの なじか我は悲しからん? アイヒェンドルフ Photo by dawnzy58 @flickr
|
|
167.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ リーズライ、1885年9月6日 親愛なる友へ わたしたちは直ちにあなたの「微笑み」を浴びることにしました。作品は今日到着しました。そして、先日懇請の手紙で二つの歌曲(1)が 欲しいと言いましたことを思い出し、束の中でひらひらしている貴重な同封物をわたしの所有物にしてしまいました。こんなに早くわたしの要請を受け入れてくださるとは、なんて親切な方でしょう。ここまでわがままを聞いてくださるとは夢にも思いませんでした。交響曲の楽章はわたしの不器用な指でかなりの拷問を受けています。時間をやりくりしてフラウ・シューマンのところへ明日行かなければならないとは不運な作品です。作品は今日の正午に着きました。ヘル・フォ ン・カイザーフェルト(2)が やってきて、これに当てようとしていた短い時間はほとんど奪われてしまいました。明日フラウ・シューマンの前で上手く役目を果たせないでしょうし、ほとんど知らないのを厚かましくつま弾く自信もありません。もうほんの少し時間があれば、楽しく、自信を持って彼女に弾いてさしあげるのですが。実のところ、ほとんど理解できない楽節があります。あいにく――ハインツも困っています――ホルンのパートがわたしには難しいのです。スコアの三箇所、ホ調のホルン、ハ 調のホルン、ホ調のトランペットで悪戦苦闘しています。でもやはり、わたしは思いつきました。それを考えない方がうまく行きます。美しく響き、嬉しくなる パートがあります。第一主題と第二主題の音の響きが細部に至るまで理解できました。一分でも余裕があればわたしの印象を書きます。でも、そんなに早い別れ は嫌ですし、勝手に考えているのですが、あなたはわたしたちが10日には出発する事をご存じなのですから、大事に扱うという条件で、ホステルヴィッツにそれを持って行き、15日に送り返すのを許してくださるではないでしょうか。「僕のプレードが荒れている方に飛ばされてしまう。隠そう。隠そう」しかし今からお願いするのは遅すぎますから、もちろんご命令に従います。でも結局、わたしたちにはあなたに感謝すべきことが多々あります。 もう少し稽古しなければなりません。急いでさようなら。それと多くの祝福を。わたしは出だしのニ短調(3)とマルカート(変ロ長調の四重奏を思いだします)の直前の六頁(4)で、スラーの付いた八分音符(5)がみな大好きです。嬰ト調の減七のピアニシモは美妙です。ドラムが鳴り響く中で素晴らしい音がします。またすぐにお手紙したいと思います。さらにもう一度すべてのものに感謝します。 大変誠実なあなたのE.H.より (1) ブラームスは格別彼女のお気に召した2つの歌曲の写本を同封した。作品96第2曲と第4曲。 (2) モリツ・フォン・カイザーフェルト(Moritz von Kaiserfeld)、オーストリアの政治家でシュタイエルマルク州の知事あった人物の息子であり、音楽に傾倒し、ブラームスの崇拝者であった。ブラームスがアルト・アウスゼーのラディスラウス・フォン・ワーグナーの家で彼の新作の五重奏曲を試演しようとしたとき(1882年8月19日)、 第二ビオラが足りないのに気付いた。カイザーフェルトは、バイオリンは弾けるが、ビオラは持ったこともなかったのに、ぜひ弾くように言われた。役目をうま く果たしたので、ブラームスは第一楽章のビオラのテーマを写して一言添えた。「第一ビオラは可もなく不可もなし。第二ビオラは上出来」 (3) 総譜の4ページ最終小節。 (4) 総譜の8ページ第1小節。 (5) 総譜の7ページ第1小節以降。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 洋楽
全1ページ
[1]

桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


