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「今日の詩」は二順目に入っているらしい。昨日に引き続き今日もイェーツ。今日は怒りよりも悲しい。独断で申し訳ないが、イェーツの片思いの女性は Maud Gonne さんであろう。彼女は今回で三度目の登場である。写真は彼女が35歳くらいに写したものとされる。 The Folly of Being Comforted ONE that is ever kind said yesterday: “Your well beloved’s hair has threads of grey, And little shadows come about her eyes; Time can but make it easier to be wise, Though now it’s hard, till trouble is at an end; And so be patient, be wise and patient, friend.” But heart, there is no comfort, not a grain; Time can but make her beauty over again, Because of that great nobleness of hers; The fire that stirs about her, when she stirs Burns but more clearly. O she had not these ways, When all the wild Summer was in her gaze. O heart! O heart! if she’d but turn her head, You’d know the folly of being comforted. 慰められる惨め いつも親切な女性が昨日言った。 「ご自慢の髪に白いものが見えるわ」 彼女の目にかげりなぞなかった。 時が経てばいずれは賢くなれるが この悶着にケリがつくまでは駄目だ。 「忍耐し、忍耐して賢くなることね」 心だ。慰めにならぬ、一粒の慰めにも。 時が経てば彼女は再び美しくなれる 彼女には気品というものがあるから。 彼女の揺れる炎をかき回しさえすれば 燃え盛る。夏の盛りが彼女の目に 映っていても彼女はそうしなかった。 心だ!心だ!顔を向けさえすれば 慰められる惨めさが分かるはず。 イェーツ
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2007年10月27日
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今日のトム・トムスンの絵は “Ice Reflection Spring” である。なんと寒々とした春であろう。でも川を厚く張った氷が解けたのである。長い春の終わりを告げる春である。 今日のケベックの詩人は前回に引き続きユードル・エヴァンツレルである。ケベックの文壇から非難された理由はまだ判然としないが、やはり過去を向いて感傷的であるということだろうか。なお第七詩節にルロアとカリオンという言葉が出てくる。ルロアはフランスの誇りであり、当時イギリス製の時計にまさり、世界一と賞賛された時計の製造業者の名前であろう。とすれば、ルロアは今で言うチャイムのようなカリオンを製造し、ケベックの聖堂には備えたと推察される。 Les Cloches de la Basilique J'écoutais dans la paix du soir, Sous la pâleur du ciel mystique, Les sons pieux que laissent choir Les cloches de la basilique. Et j'évoquais au loin leur voix, A la fois grave et triomphale, Quand elles sonnaient autrefois Les angélus de cathédrale, Au temps heureux, trois fois béni, Où, dès l'aube, souvent ma mère Me retrouvait au pied du lit, Agenouillé sous leur prière. Combien leur appel familier Charmait alors mon âme éprise, Lorsque j'allais, jeune écolier, M'asseoir à l'ombre de l'église, Et que, captif de leur doux son, J'attendais que leur voix se taise, Pour suivre au loin, à l'horizon, L'écho de leur chanson française ! C'est qu'en ce temps déjà lointain, Cloches témoins de tant de choses, Vous me parliez, soir et matin, D'un long passé d'apothéoses, Et du regret que vous aviez D'un temps de gloire et de conquêtes, Quand, de par le Roy, vous sonniez Vos carillons des jours de fêtes, Et que gaiement, sur le rocher, Au printemps des jours d'espérance, Vous annonciez, du vieux clocher, Le retour des vaisseaux de France. Eudore EVANTUREL (1854-1919) 聖堂の鐘 謎めいた青白い夜空の下 静かな夕べに聞いてきた 信心深く、祈祷する声に 合わせる聖堂の鐘の響さ。 以前から聖堂のお告げの 祈りの合図があるときは 遠く離れても誇らし気で 荘厳な声を想ったものだ。 めでたい時は祝鐘が三度 母さんは見てきたものさ 朝早くからベッドの下で 僕がひざまずき祈る姿を。 この呼びかけにどれほど 僕が夢中になったことか 小学生だった僕は教会の 陰に座って聴いたものさ。 優しい鐘の音の虜になり 鐘が止むのを待ってから 地平線の彼方まで追って フランスの響きを聴いた。 これはもう過ぎた昔の話 鐘がそれを証言している 朝に夕に僕に話している 過ぎ去った昔の栄光とね 鐘が惜しむ時代の想いを 栄光の時代や征服の時代 祝いの日にルロア制作の カリオンを鳴らしたとき 待ち望んだ春の日のこと 岩の上ではしゃいだこと 古い鐘、君は皆に告げた 戻ってくるフランスの船。 ユードル・エヴァンツレル
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スタットラーは大学で言語学の教授資格を得たが、間もなく「地上から戦争を無くす最後の戦争」に出征し、開戦早々ベルギーのイプレであっけなく戦死した。アルサス地方に生まれたシュタットラーはフランスが得意であり、フランスの詩人シャルル・ペギー(Charles Péguy)の著作をドイツ語に翻訳し、死後発表された。悲しいことにペギーも開戦早々ドイツ軍の侵攻を止めたマルヌの戦いで額を打ち抜かれて戦死した。ドイツの表現主義運動は、第一次世界大戦での戦死や戦病などで終末を向かえることになる。彼の詩はベルリンで活躍した表現主義の詩人とは違うニュアンスが感じられる。 Dämmerung in der Stadt Der Abend spricht mit lindem Schmeichelwort die Gassen In Schlummer und der Süße alter Wiegenlieder, Die Dämmerung hat breit mit hüllendem Gefieder Ein Riesenvogel sich auf blaue Firste hingelassen. Nun hat das Dunkel von den Fenstern allen Glanz gerissen, Die eben noch beströmt wie veilchenfarbne Spiegel standen, Die Häuser sind im Grau, durch das die ersten Lichter branden Wie Rümpfe großer Schiffe, die im Meer die Nachtsignale hissen. In späten Himmel tauchen Türme zart und ohne Schwere, Die Ufer hütend, die im Schoß der kühlen Schatten schlafen, Nun schwimmt die Nacht auf dunkel starrender Galeere Mit schwarzem Segel lautlos in den lichtgepflügten Hafen. Ernst Stadler 街の夕暮れ 夕暮れは優しく街をなだめては いつもの子守唄で寝かしつける 夕暮れは大きな羽根を被せては 青き尾根に大きな鳥を置き去る。 夕闇で窓の輝きは引き離されて 溢れ出てはスミレ色の鏡の如く 灰色の家々から最初の灯が点り 夜の海で信号上げる船体の如く。 塔は沈み行く静かに深夜の空へ 岸辺は冷たい影を抱いて見守り 夜は進み行く暗闇を見詰める船 黒き帆を張り静かに港に向かう。 シュタットラー Photo by Saariy @flickr
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172.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ [マイニンゲン、1885年10月] 親愛なるともへ 親切なお手紙大変感謝します。私の手紙のペンはあなたの奥さんの示された例を見て我慢し切れません。 ペンはなんとしても踊って便箋から飛び出してしまいます。私は作品の返送を来る日も来る日も待っていることをお伝えしたいのですが、ペンをうまく支配しきれないでおります(1)。一つは演奏用に、もう一つは修正用に(2)必要です。荷造り煩わせて申し訳ありません。以前あなたはAと言われましたが。これは補足的なBです。――では失礼します。 あなたのJ.Br.より (1) この2行は斜めに書かれている。 (2) マイニンゲンのリハーサルで気が晴れなかったブラームスは、フラウ・フォン・ヘルツォーゲンベルクから受け取りの通知もないので再度狼狽した。期待した手紙が到着していないことでちょっぴり皮肉を言っている。この時期のブラームスの手紙には彼の苛立ちが見られる。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



