ヘ短調作品34

ルブランの回想録の link 先はゲストブックを御覧ください。

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「今日の詩」はブラウニング夫人の「世界で一番素敵なもの」である。今日の彼女の詩は幸せいっぱいで、彼女が親の反対を押し切ってイタリアにブラウニングとイタリアに駆け落ちしてからの詩と考えたくなる。ただ私の先入観かもしれない。駆け落ちしたとき彼女はすでに名声ある女性詩人だったそうである。陽光眩いイタリアは誰もが憧れるが、物価が安くて暮らしやすい土地でもある。彼女の印税で、まだ売れない作家のブラウニングを養える国でもあった。駆け落ちしてから急に創作意欲がわいたという思い込みは禁物らしい。いつの作品だろうか?出版したときブラウニング姓を名乗っていたとしても。


The Best Thing In The World

What's the best thing in the world?
June-rose, by May-dew impearled;
Sweet south-wind, that means no rain;
Truth, not cruel to a friend;
Pleasure, not in haste to end;
Beauty, not self-decked and curled
Till its pride is over-plain;
Love, when, so, you're loved again.
What's the best thing in the world?
--Something out of it, I think.

Elizabeth Barrett Browning.


世界で一番素敵なもの

世界で一番素敵なものは?
六月のバラ、五月の露珠を散りばめ
甘い南の風、そう雨がなく。
真実が友に優しく。
楽しみが終幕を急がなく。
美が素顔で着飾ることなく
誇りが素直であり続く。
愛、そうね、また愛されたら。
― 何だろうと独り考える。

ブラウニング夫人


絵はモネがアルジャントゥイユ時代に描いた庭園風景である。
Claude Monet. Monet's Garden at Argenteuil. 1873

楽しみ -- ブレヒト

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今日のドイツの詩はブレヒトの「楽しみ」である。私はブレヒトという人を知らない。ひょっとしたら彼は、われら日本人が愛好する平安朝の女流日記文学者を剽窃したのではないだろうか。俳句から影響を受けた英文学者は知ってはいるが。


Vergnügungen

Der erste Blick aus dem Fenster am Morgen
Das wiedergefundene Buch
Begeisterte Gesichter
Schnee, der Wechsel der Jahreszeiten
Die Zeitung
Der Hund
Die Dialektik
Duschen, Schwimmen
Alte Musik
Bequeme Schuhe
Begreifen
Neue Musik
Schreiben, Pflanzen
Reisen
Singen
Freundlich sei

Brecht


楽しみ

窓から眺める朝
懐かしい本
気分良い顔
雪、季節の移り
新聞

弁証法
シャワー、水泳
古曲
履き心地のよい靴
感受
新曲
執筆、植木
旅行
歌唱
友好性

ブレヒト

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154.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ

[ライプツィヒ]1885年2月13日

 親愛なる友へ
 ウィーンにお帰りになったことを知った以上、ある貴婦人のターフェル・リード(Tafellied)への感謝(1)の 気持を急いでお伝えしなければいけません。ラインランドのように、ここに健全な声の人材があり、健全な気質があればと思います。厳粛なモテットのようにまず練習してからというのではなく、テーブルに座ったままこの上品な歌を伸びやかに歌えるのですが。霧と煤煙、ためらいその他の理由で、この願いをここで成就するのは困難です。どんな魔術を使って、詩の本をちょうどいいところで開いたのですか。まだそこには作曲者の宝が残っているのでしょう。

 今日のニュースとして言わせていただきます。わたしたちはベルリンに行くことにしました(2)。文部省(Ministerium )の印が押してある「神学的、哲学的、医学的任命」の辞令がわたしたちの前で燦然と輝いています。ということで、この問題は決着したのだと思います。キールには無期限の休暇を出し、ハインリッヒはその代理という、人情味のある結末に落ち着いたのです。もし調整がつかなくても逃げ道がつくってあり、これが一番満足の行く方法です。彼もこのポストを受けやすくなりました。このたぐいの決定はいつも難しい物です。わたしたちのように何処でも同じ殻――自分たちの人生 はおおむね互いに依存しているという感情――を背負っている幸せな場合でもそうです。それにベルリンは決してわたしたちを惹きつけはしませんでした。どう してこうなったかはご存じでしょう。ここでは自分たちが余分な存在であることを痛切に感じましたし、先方はベルリンがわたしたちに向いたところだと強く主張しました。ヴィースバーデンの話があんなに長引かなかったら、必死になって飛びついたでしょう。教えやすいコーラスの人材は(ベルリン人と一緒に)金色の椅子に座る名誉(3)よりハインリッヒにははるかに魅力がありました。それすらもウィルヘルム・グリムが言うように、「木製であり、虫食いは避けられない」のです。

 さらに彼は続けます「彼らは正しい作法の下にすべてを隠すし、自分たちが誰よりも賢いと思っている。」わたしたちがこの毒に犯されないよう、自分たちを低く(良い意味で)見続けるように天に祈ります。この大きな変化が起きた所で、わたしたちは若い最初の時期を越え、急がずに偏見を持たずに、麦から殻をふるい落とせることを喜ぶべきでしょう。

 しかし何処へ行こうともあなたはわたしたちには同じです。新たな喜びをわたしたちに与えてください。

 運悪く、クレンゲルのコンサートで見事に演奏されましたニ長調交響曲とさらに最近の「深く知的である」運命の歌(4) (おおフリッチュの陰)を逃しました。

 さようなら、あなたに忠実なわたしたちにお手紙を下さい。

ヘルツォーゲンベルク夫妻より

 ブルックナーの五重奏(5)は本当に成功でしたか。



(1) ブラームスはターフェル・リード(Tafellied) 「淑女の感謝(Dank der Damen)」 、作品93bを1月27日のクレフェルト合唱団の50周年記念のために作曲し、指揮した。

(2) ヘルツォーゲンベルクのベルリン音楽院への招聘。

(3) さらに彼は芸術部門のアカデミー会員に選ばれた。原本の肖像写真はそのときの正装である。

(4) 作品54。Musikalische Wochenblatt からの引用。

(5) ブルックナーの五重奏曲は1885年1月8日にウィーンで初演された。アダージオだけは succ??s d’estime(作品の価値ではなく、作曲者の名声による拍手)を受けた。

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