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「今日の詩」は神秘主義者のイェーツが東洋思想に関心を持っていたことを示す例である。私はヒンズーの神々を知らないので、教えられた。韻は達者でいわゆる英雄韻である。 The Indian Upon God I passed along the water's edge below the humid trees, My spirit rocked in evening light, the rushes round my knees, My spirit rocked in sleep and sighs; and saw the moor-fowl pace All dripping on a grassy slope, and saw them cease to chase Each other round in circles, and heard the eldest speak: Who holds the world between His bill and made us strong or weak Is an undying moorfowl, and He lives beyond the sky. The rains are from His dripping wing, the moonbeams from His eye. I passed a little further on and heard a lotus talk: Who made the world and ruleth it, He hangeth on a stalk, For I am in His image made, and all this tinkling tide Is but a sliding drop of rain between His petals wide. A little way within the gloom a roebuck raised his eyes Brimful of starlight, and he said: The Stamper of the Skies, He is a gentle roebuck; for how else, I pray, could He Conceive a thing so sad and soft, a gentle thing like me? I passed a little further on and heard a peacock say: Who made the grass and made the worms and made my feathers gay, He is a monstrous peacock, and He waveth all the night His languid tail above us, lit with myriad spots of light. William Butler Yeats インド人の神 私は水際に沿って濡れた樹の下を歩きながら 夜の光の中で心は揺れ動き、膝まで急流が。 眠気と嘆息で心は揺れ動き、沼地の鳥が進み ともに円を描くのを見ていて長老の声が聞こえた。 長老は世界を嘴で掴み、我らの運命を決めていた 不死の水鳥であり、空の彼方に住んでいた。 雨は彼の翼の滴であり、目からは月の光が。 私はさらに進み、世界を創造し、支配した 蓮の花の話を聞いた。蓮は茎に下がっていたが 私は蓮の思っている姿であり、この流れの音は ちょうど蓮の花弁から滴り落ちる雨である。 暗闇の中ほんの少しの所で鹿が星の光が溢れる 目を上げたが、鹿は「空を踏む者」と言った。 優しい鹿である。なぜって、そうでなければ 私のように悲しく穏やかな事を考えるかな? 私はさらに進み、聞こえてきた声は草を創り 虫を創り、羽根を華やかにした孔雀だった 孔雀は巨大であり、一晩中翼の裾を 揺らし続け、無数の光が点滅していた。 イェーツ
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2007年11月19日
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今日のエミール・ネリガンはシリーズのように修道院のお話である。タイトルは “La mort du moine” 「修道僧の死」である。修道僧が臨終をむかえた。聖ベネディクトに助けを祈り、修道僧を励ます話である。 絵はフラ・アンジェリコ作の「聖ベネディクト」である。 La mort du moine Voici venir les tristes frères Vers la cellule où tu te meurs. Ton esprit est plein de clameurs Et de musiques funéraires. Apportez-lui le Viatique. Saint Bénédict, aidez sa mort ! Bien que faible, faites-le fort Sous votre sainte égide antique. Ainsi soit-il au coeur de Dieu ! Clément, dis un riant adieu Aux liens impurs de cette terre. Et pars, rentre dans ton Espoir. Que les bronzes du monastère Sonnent ton âme au ciel ce soir ! Emile NELLIGAN (1879-1941) 修道僧の死 ここに気の毒な修道士が 最後の場所を求めて来た。 君の心にあるのは悲しみ それに葬送の音楽だけ。 臨終の聖餐を彼に与え給え 聖ベネディクト、助け給え! 弱っていますが、御楯の下 元気にしてやってください。 たとえ神の御心としても! どうか、この世の穢れた絆に 微笑みながら、別れの挨拶を。 旅立ち、期待して戻ってよ。 修道院の青銅の鐘が今晩 天国の君を祈って鳴るからね! エミール・ネリガン
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今日のリルケは “Letzter Abend” 邦題は「最後の夜」である。ピアノ演奏会に招かれた話者が目撃した社交界の一光景。冷ややかに光景を描写していると解釈したのだが当たっているかどうか。美貌の男性がピアノ演奏をしながら彼女を見詰める。突然彼女は何かに驚いて窓際に行き、演奏は中断する。理由は最後に述べられる。 Letzter Abend (Aus dem Besitze Frau Nonnas) Und Nacht und fernes Fahren; denn der Train des ganzen Heeres zog am Park vorüber. Er aber hob den Blick vom Clavecin und spielte noch und sah zu ihr hinüber beinah wie man in einen Spiegel schaut: so sehr erfüllt von seinen jungen Zügen und wissend, wie sie seine Trauer trügen, schön und verführender bei jedem Laut. Doch plötzlich wars, als ob sich das verwische: sie stand wie mühsam in der Fensternische und hielt des Herzens drängendes Geklopf. Sein Spiel gab nach. Von draußen wehte Frische. Und seltsam fremd stand auf dem Spiegeltische Der schwarze Tschako mit dem Totenkopf. Rainer Maria Rilke 最後の夜 (ノンナ夫人所有) それから夜の遠出。ちょうど 軍用車両が公園を通り過ぎた。 彼はクラブサンから目を上げ 演奏中に彼女を見詰める様子 まるで鏡に見入るような感じ。 彼の完璧な若々しい目鼻立ち 悲しみを隠すように、意識して 美しく魅力的な音を響かせた。 突然だが静かになったようだ。 彼女は苦しげに心臓の激しい 鼓動を鎮めようと窓際へ行った。 彼の演奏は中止した。新鮮な 風が入ってきた。鏡台に黒い 髑髏付軍帽は別段珍しくない。 リルケ 絵はこの詩に出てくるものが見当たらなかった。上の絵のような帽子に髑髏が付いているものを想像していただきたい。フリードリッヒ大王の親衛隊員が着用したもので前面に髑髏がついている。おそらくプロイセンの軍人がこの場に居合わせたのだろう。この伝統はナチス・ドイツの親衛隊員に受け継がれた。
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195.ブラームスからエリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1886年12月30日] 私はソナタと三重奏曲(1)を今日送ります。たとえニューイヤー・イヴでも、例の紙(2)で 包んだ荷物が無事についたという手紙をぜひ下さい。このおめでたい季節にはあなたにも自由な時間があるから、素敵なお手紙を頂戴できるかと思いました。言うまでもありませんが、できる限り早く送り返していただきたいです。シューマン交響曲の演奏はすぐですか。あなたはリハーサル(3)には間に合いましたか。 (1) 作品100と作品101。 (2) ブラームスは彼の原稿を可能ならば書籍郵便で普通の包み紙で送った。あるとき、ウィーンで、友人がホ短調交響曲を見るというので返しに来た。彼は、ブラームスが急いでテープを巻き、そのままヨアヒムに送るのを見てぞっとした。書留にしてくれと懇願したが、ブラームスは答えた。「馬鹿げている。こんなもの無くなるものかね。もし無くなったとしたら、もう一度書けばいいことさ。どのみち、私は元気だし、いずれ書留にすることにしよう。」小包に封をして、面倒な書式を埋める等の作業は忙しい作曲家には我慢のならないことであった。ポールや後にはマンディチェフスキーが彼の手を煩わせないようにした。しかしブラームスは彼らに面倒な仕事をさせるのを好まず、いつも速くて簡単な方法で発送したのである。 (3) 書簡189-191。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...



