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「今日の詩」の選者が送ってきたポーの詩 “The Coliseum” 「コロッセウム」である。今までポーの詩は実に綺麗に仕上がっているが、今一訳す気になれなかった。「今日の詩」も一巡し終わったようなので、訳さないのも癪だと思い挑戦してみた。意外なほど面白かった。ボードレールが崇拝した理由はまだ判然としないが、挑戦した甲斐はあったように思う。 |
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2007年11月02日
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今日のエミール・ネリガンは “Caprice blanc” 。「白の戯れ」と訳した。ネリガンはランボー並みの早熟な少年であったが、20歳で精神を患い、以後回復することはなかった。 今日の詩も十代の少年ネリガンの作とすると、詩に登場する気になる女性も十代であろう。彼女はコクニー訛りの御者の馬車に乗るカナダの支配階級の「ミス」である。フランス系のネリガンには高嶺の花である。今日のネリガンはフランス象徴派のお好みの題材である、「貴婦人に叶わぬ恋心を抱く道化役者」に似ている。 絵は十代の少女とは言いがたいが、有名なクラムスコイ(Ivan Kramskoy:1837 – 1887)の作品。日本では「忘れえぬ女」と呼ばれている。 Caprice blanc L'hiver, de son pinceau givré, barbouille aux vitres Des pastels de jardins de roses en glaçons. Le froid pique de vif et relègue aux maisons Milady, canaris et les jockos bélîtres. Mais la petite Miss en berline s'en va, Dans son vitchoura blanc, une ombre de fourrures, Bravant l'intempérie et les âcres froidures, Et plus d'un, à la voir cheminer, la rêva. Ses deux chevaux sont blancs et sa voiture aussi, Menés de front par un cockney, flegme sur siège. Leurs sabots font des trous ronds et creux dans la neige ; Tout le ciel s'enfarine en un soir obscurci. Elle a passé, tournant sa prunelle câline Vers moi. Pour compléter alors l'immaculé De ce décor en blanc, bouquet dissimulé, Je lui jetai mon coeur au fond de sa berline Emile NELLIGAN (1879-1941) 白の戯れ 冬は霜の筆で凍ったバラ園の パステル画をガラス窓に塗る。 凍った槍は生かして家に戻す 貴婦人やカナリヤやならず者。 だがミスはセダンでお出かけ 白い外套を身に纏い、毛皮姿 吹雪にも痛い寒さにも負けず それにあれこれ夢を見ながら。 全身白い二頭の馬と白い馬車 コクニーに御されて知らぬ顔。 馬の蹄は雪に丸い空洞を残す。 夜空は一面の粉で薄暗くなる。 彼女は巧みに瞳を僕に向けて 過ぎて行く。僕は白い装飾や 隠した花束が汚れないように 僕はセダン見送り心を投げた。 エミール・ネリガン
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シュタットラーは今日の詩は闇に向かう。華麗な夕暮れではないが、相変わらず色彩感覚が豊かである。フランス象徴派の影響を受けた繊細な詩人。表現主義というのは、ドイツの前衛芸術家を修飾する時代区分用語である。 今日の絵はちょっと問題がある。詩と絵が限定しあわないよう気をつけなければいけないが。ドイツの画家フリードリヒCaspar David Friedrich(1774 –1840)の “Der Wanderer über dem Nebelmeer” である。 Untergang Die kupferrote Sonne im Versinken Hängt zwischen Höhlen scharf gezackter Zweige In harter Glut der strahlenlosen Neige, Die feuchte Luft scheint allen Glanz zu trinken. Die grauen Wolken, auf geschwellt von Regen, Mit langen Schleppen, die am Boden schleifen, Und lau umströmt von schwachen Lilastreifen, Ergießen dünnes Licht auf allen Wegen. Nur in der Bäume enggedrängten Gruppen, Die steil wie Inseln aus den grünen Matten Des Parkes steigen, lagern dichtre Schatten, Hinsinkend von den braunen Hügelkuppen. Ernst Stadler 日没 沈み行く赤銅色の太陽が 鋭く開いた窪みに架かり 傾斜は鈍く光り、硬く輝く 湿気は光を飲み込むよう。 灰色の雲が驟雨で膨張し 疲れて長い裾を引きずり 藤色の細い縞に囲まれて か弱い光が路面に洩れる。 公園の緑色した絨毯から 小島の如くにそびえ立つ 密集した樹々に忍び寄る 茶色い丘の頂から暗い影。 シュタットラー
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178.エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルクからブラームスへ ベルリン、1885年11月4日 親愛なる友へ 昨日フラウ・シューマンから手紙を受け取りました。それから推察するに、どうしましょう、交響曲は日曜日の朝までに届かなかったみたいです。わたしがあなたの命令に背かなかったことを断言するために、手紙を今書いていますが、わたしは小包を29日、金曜日午後4時 に郵便局に持っていきました。フランクフルト急行はここを八時に出ますので、土曜日には着くと考えたるのは間違ってはいないと思いますが。着いてはいなくて、その結果、あなたとフラウ・シューマンがあわてていることを知って、わたしは言いようもないほど苦しい思いをしました。たぶんわたしに重大な不注意と 怠慢があると考えて、あなたは罵ったことでしょう。「これが親切と寛大にたいして私が受け取ったお礼だ」わたしはあなたの話が聞こえますし、あなたの仰せのとおりであることを認めます。わたしは特別な場合には一日の余裕を持たせるようにしてきました。木曜日に送るべきでした。でもヨアヒムとハウスマンが 交響曲をぜひ聴きたいといいますし、夜になるまで来られなかったのです。あなたは「遅くとも土曜日にはフランクフルト」と書いてこられたので、金曜日に発送するのは罪を犯すことにはならないと考えたのです。 どうかこれ以上怒らないでください。わたしは非常に真面目に事態を考え、とくにフラウ・シューマンが演奏会(1)の前にそれを慈しむことができなかったことで申し訳ないと思っております。 わたしを安心させる便りを下さい。この大騒ぎの中でも優しい思いやりを下さい。マイニンゲンに行かれたヘル・グロッサー(2)は――幸せな人です!――コンサートについて素晴らしい説明をしてくれました。彼によると交響曲は信じられないほど美しく響いたそうですが、その間わたしたちは黙っていました。彼が話したのはルビンシュタインの家でした。気の毒な主人(3)は まったく別の感情で聞いていたはずです。わたしたちは現在彼の演奏を当地で少しばかり聴きすぎていますので、残念ではありますが、彼とはどうしても衝突し てしまいます。彼がオーケストラをすべて知り尽くしており、音色とタッチが最高に精妙で豊かであることは否定できません。彼は演奏する曲にますます無頓着になり、リズムやその他のことで軽率な態度を取るようになりました。なんとも気の毒なことです。 ライプツィッヒ子は交響曲が聴けるのですか。ではわたしたちも行くとしましょう。ところでベルリンはどうなりますか。 では怒らないでくださいね。わたしの無実を信じてください。――では取り急ぎ。 E.H.より (1) 11月3日フランクフルトで。 (2) ユリウス・グロッサー(Julius Grosser, 1844-?)。書籍販売業者、記者。ブラームスとウィーンで知り合った。 (3) アントン・ルビンシュタインはブラームスの音楽の公然たる敵であり、聴衆の前で1曲も弾いたことはない。彼の有名な音楽史コンサートからブラームスの名前は外してあった。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


