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「今日の詩」は今届いたイェーツの “The Second Coming ” 「再臨」である。ウィキペディアを見てしまったが、神秘主義者イェーツが、ロシア革命がおき、西洋の没落が言われる中で書いたものである。心霊術がはやり、混乱するヨーロッパ。善が滅び、悪が栄える時代になり、キリストの「再臨」をイェーツは予言している。訳は不正確かもしれないが、イェーツが興奮して書いた詩である。訳もあまり点検せずに投稿しよう。ただキリストが「再臨」するという予言はいつも外れていることは確かである。 彼独自のオカルト用語が登場する「ジャイロ」は「渦」である。ロシア革命あたりを想像すればよいのか。Spiritus Mundは迷ったが、ヘーゲルのいう世界精神なのかは後で調べる。「野獣」は我々「不信心者」を指す。 写真はリオ・デ・ジャネイロの「贖罪者キリスト」である。 The Second Coming Turning and turning in the widening gyre The falcon cannot hear the falconer; Things fall apart; the centre cannot hold; Mere anarchy is loosed upon the world, The blood-dimmed tide is loosed, and everywhere The ceremony of innocence is drowned; The best lack all conviction, while the worst Are full of passionate intensity. Surely some revelation is at hand; Surely the Second Coming is at hand. The Second Coming! Hardly are those words out When a vast image out of Spiritus Mundi Troubles my sight: somewhere in sands of the desert A shape with lion body and the head of a man, A gaze blank and pitiless as the sun, Is moving its slow thighs, while all about it Reel shadows of the indignant desert birds. The darkness drops again; but now I know That twenty centuries of stony sleep Were vexed to nightmare by a rocking cradle, And what rough beast, its hour come round at last, Slouches towards Bethlehem to be born? William Butler Yeats 再臨 広がるジャイロ、回る、回る 鷹は鷹匠の命令を聞かない。 諸々は崩壊し、中心がない。 無政府主義が世界に広がり 血に汚れた潮が全世界に解き放たれ 純潔の儀式は溺死する。 最善は確信を失い、最悪に みなぎる強い情熱。 確かに啓示は当たり始め 確かに再臨は近付いている。 再臨!この言葉は無くならない 世界精神の広大なる像がわが視力を 妨害する時でも。それは何処か砂漠の砂中で 胴が獅子で頭が人である像が 太陽の如く無慈悲な凝視が 遅々とした歩みで進み、周りの物が 怒れる砂漠の鳥から影を奪う時だ。 闇は再び落下する。だが私は悟る 石のごとく眠れる20世紀間 揺りかごで悪夢にうなされたが 遂にその時は来た、ベツレヘムに向って 屈むとは何たる野獣なのだ? イェーツ
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2007年11月27日
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早熟なエミール・ネリガンはまたしてもケベックにいながら、パリの社交界に出入りしている。金髪の女性が弾くバイオリンを聴く。失恋と壊れたバイオリンのイメージを重ね合わせるなどはフランスの象徴派の月並みな手法であろうか。今回も歌謡調というか、繰り返しが多い。その意図を尊重して、出来る限り各詩節の同じ場所に同じか類似した言葉を持ってくるようにした。 絵はこの詩とは雰囲気がまったく違う。ヴェニスの聖ザカリア教会の祭壇画にあるバイオリニスト像である。ジョバンニ・ベルリーニ(Giovanni Bellini ,c. 1430-1516)の作。 Le violon brisé Aux soupirs de l'archet béni, Il s'est brisé, plein de tristesse, Le soir que vous jouiez, comtesse, Un thème de Paganini. Comme tout choit avec prestesse ! J'avais un amour infini, Ce soir que vous jouiez, comtesse, Un thème de Paganini. L'instrument dort sous l'étroitesse De son étui de bois verni, Depuis le soir où, blonde hôtesse, Vous jouâtes Paganini. Mon coeur repose avec tristesse Au trou de notre amour fini. Il s'est brisé le soir, comtesse, Que vous jouiez Paganini. Emile NELLIGAN (1879-1941) 壊れたバイオリン 美妙なる弓がため息を洩らし 悲しくも、壊れたバイオリン 伯爵令嬢、パガニーニの主題を 君が演奏したのはあの夜の事。 こんなに早く全て終わるとは! 永遠の愛を抱き続けてきた僕 伯爵令嬢、パガニーニの主題を 君が演奏したのはあの夜の事。 バイオリンは今もニス塗りの ケースに詰められて眠るのは 金髪の姫、パガニーニの主題を 君が演奏したあの夜の事以来。 僕の悲しみの心が感ずるのは 僕たち二人の終わった愛の溝。 伯爵令嬢、パガニーニの主題を 君が演奏したのはあの夜の事。 エミール・ネリガン
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今日のリルケは "Sankt Sebastian" 「聖セバスティアン」である。多くの芸術家の題材となり、とくに画家達が好んで描いた。リルケの詩も絵を見て書いたのではないだろうか? 上の絵は典型的なイメージになったイタリアの画家通称 Il Sodoma のハンサムな聖セバスティアン。 Sankt Sebastian Wie ein Liegender so steht er, ganz hingehalten von dem großen Willen. Weitentrückt wie Mütter, wenn sie stillen, und in sich gebunden wie ein Kranz. Und die Pfeile kommen: jetzt und jetzt als sprängen sie aus seinen Lenden, eisern bebend mit den freien Enden. Doch er lächelt dunkel, unverletzt. Einmal nur wird seine Trauer groß, und die Augen liegen schmerzlich bloß, bis sie etwas leugnen, wie Geringes, und ließen sie verächtlich los die Vernichter eines schönen Dinges. Rainer Maria Rilke 聖セバスティアン 彼は凭れるようにして立つ 偉大なる意思に支えられて。 乳含ます母の恍惚の心境で 花輪のように固く結ばれて。 矢が飛んでくる。一本また 一本と跳躍するかのように 訳なく震える鉄のようだが 彼は静かで暗く微笑むだけ。 一度だけ激痛に耐えかねて 眼にさらけ出してしまうが 最後には軽そうに否定して 美しき物を絶滅せんとする 兵士達に軽蔑の眼を向けた。 リルケ
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203.ブラームスからヘルツォーゲンベルクへ [ウィーン、1887年4月] 親愛なる友へ 私はイタリア(1)に旅立ちます。五月の中旬からはトゥーンに滞在します。 私自身はそこでは作曲するつもりはないので、新曲はそちらに送り、見せてください。開いた窓を通して川のさざ波(2)と一緒に美しく響くことでしょう。 長くならなければ、一部始終をお話しするのですが、あなたが出すべきと考えた警告はフロイライン・シュピースに下りました。ハンスリック(3)は一撃を喰らわし、いつものように効き目はありました。 しかし私は所持品を荷造りしなければなりません。26日に出発しますので、手紙はまだここに届きます。テュンに着きましたら、夏の読み物の潤沢な支給に関してあなたのお情けにすがりたいと存じます。 あなたのJ.Br.より (1)ブラームスのお供をしたのは、彼の出版者のフリッツ・ジムロックとジムロックが招待したテオドール・キルヒナーであった。ブラームスはビューローに書き送っている。「ジムロックがキルヒナーに約束の地を見せてあげようと思いついたのは嬉しいことです。でもこれは少なくとも20年は遅かったと思います。彼は座って食事をし、華麗なるゲバントハウス等のお話をするときが一番落ち着けるみたいです。」往路はヴェローナ、ヴィセンツァ、ヴェニス、ボローニャ、フィレンツェで、ピサ、ミラノ、サン・ゴタールを経由して、5月15日にはトゥーンに到着して夏休みに入った。 (2)ブラームスのトゥーン近くのホッフステッテン(Hofstetten)の夏の家は、アール川沿いにあり、川はそこで曲がって町に流れていた。ヴィクトール・フォン・ミラー(Viktor von Miller)編集のブラームス絵本の挿絵の25に、記念碑が張ってある家の写真がある。 (3)ハンスリックは Neue Frei Presse でこの歌手の様式上の欠陥に注意するよう警告を発した。彼女がこの間「東プロシアカタル」にかかっていたことは事実であり、彼女の声はかなりひどかった。
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桜と日本人ですね。なぜか、三島由紀夫を思...


